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川本眼科だより

川本眼科だより 191医療事故調査制度 2015年12月26日

手術などの医療行為には危険が伴います。不幸にして命を落とす患者さんもいらっしゃいます。

できるだけ死亡事故を減らすよう努力するのは当然で、起こった事態から教訓を汲み取り、再発防止に活かさなければなりません。

昨年10月に医療事故調査制度が始まりました。この制度には医療側と患者家族側の双方から批判があるようです。

今回は、再発防止の観点からみて、望ましい医療事故調査のあり方を考えてみたいと思います。

医師の認識と患者の認識

医療技術の進歩は多くの病気を克服してきました。一方で、医療が高度になればなるほど難易度は高くなる傾向があります。人間が行う行為には完璧はありえません。私が思うに、いつも80点以上取れていれば優秀な医師です。手術などの難しい医療行為に際し、一定割合で医療事故が発生するのは当たり前でやむを得ないというのが医師側の認識だと思います。

もちろん、特定の医師が手術した場合だけ死亡事故が格段に多いなら、それはその医師の技量不足であり、責められるべきです。教育・研修体制にも問題があったと考えられます。

患者さんの立場に立つと、手術は必ず成功するわけではないと頭では理解していても、現実に自分の身に降りかかるかも知れないとは考えていないのが普通です。実際、失明するかも知れないと心配していたら、手術なんて受けられませんよね。

現実に医療事故が発生すると、このような両者の認識のずれが表面化し、信頼関係が崩れてトラブルになるわけです。

医療事故=医療ミス ではない

医療事故が起こると、医師の側は「明かなミスがなければ不可抗力で不幸な出来事」と考えます。それに対し、患者の側は「とにかく事故がおこったからには誰かに責任があるに違いない」と考え医療事故=医療ミスと即断しがちです。ミスであるからこそ、責任を追及し、責任を取らせるのが正義ということになります。

でも、医療事故はすべて医療ミスなのでしょうか? ミスとは何でしょうか? 誰でもできる簡単なことができなければミスと言って良いでしょう。でも、一握りの天才しかなしえない高度な技ができなくてもミスとは言えません。それでは成功率50%の医療行為が失敗したらミスでしょうか?これも常識的に考えて責めることはできないでしょう。医療事故の大半は、医療ミスとは言えないのです。

さらに、手術の合併症には「名人級の術者が細心の注意を払っても約5%の確率で起こる」というものもあります。これも医療ミスとは言えません。しかし患者サイドに立てば、95%の人に起きないことが起こってしまったら納得できないのも理解できます。

処罰感情・応報感情

愛する人を失ったときの悲しみは強烈です。もはや会うことがかなわない理不尽さを受け入れられないのももっともです。

その気持ちの矛先は、しばしば医療人に向けられます。病気のせいというのでは、仕方のないこと、あきらめるしかないことになってしまい、怒りのやり場がありません。誰かに責任があると考えないとやりきれません。遺族の気持ちからすれば、医療ミスの追及は弔い合戦です。そういう時に冷静になれる人はほとんどいませんから、しばしば道理が引っ込んで無理が通ることになります。

こういう場合の処罰感情・応報感情は峻烈です。これは論理で割り切れるものではなく、感情の問題なのだと感じます。

責任追及と真相解明は相反

医療事故調査制度は、死亡事故が起きた場合に調査し分析し、再発防止につなげる目的で、昨年10月から始まりました。

目的はあくまでも「事故に学び、再発防止につなげること」です。責任を問い懲罰にかけることを目的としていません。ただ、この調査報告を根拠として民事で訴えられたり、刑事訴追されたりすることがないのかは曖昧で、医師会などが強く懸念を表明しています。

もし責任追及という要素が入ってくると、真相解明は困難になります。懲罰を恐れて本当のことを語らなくなるからです。自己保身のために嘘もつくでしょうし、他人に責任転嫁もするでしょう。そもそも、刑事罰を課せられる可能性があるなら、被疑者には黙秘権があります。こうなってくると、事実がどうだったかはもはや藪の中です。

真相を解明するために最善の方法は、知っていることを全て包み隠さず話すことを条件に免責を与えることです。有名な例として、米国では航空機事故の調査の際にパイロットを免責にしています。この制度によって航空機事故の原因解明が画期的に進むようになったと言います。

事故から教訓を得ることが大事

日本では、免責制度はなかなか受け入れられません。航空機事故調査でも、医療事故調査でも、正義に反するとして反対する人が多いのです。

でも考えてみて下さい。一番大事なことは事故から教訓を学び、再発を防ぐようシステムを改善することです。決して懲罰が目的ではありません。医師を罰することで遺族の応報感情は満足するかも知れませんが、それが真相解明を妨げシステムを改善する機会を逸する結果になったら元も子もありません。

昔、中国や朝鮮では、貴人の病気が治らないと治療に当たった医師を罰したそうです。そういうやり方は、より良い医療を受けるためには逆効果だったと断言しておきます。

(2015.12)