川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 52脳でものを見る 2004年6月30日

ものを見るためには、もちろん「眼」を使います。しかし「眼」だけで見るわけではありません。実は「脳」が非常に大きな働きをしています。
 
残念ながら、「ものを見る」ということを考える上で脳の機能はよくわかっていないことが多く、大ざっぱに機能を推測されているに過ぎません。
 
眼科治療は、「眼」の部分についてはめざましく進歩し、直接メスを入れて治すようになりましたが、「脳」が関わる点については、弱視治療の際のアイパッチなど間接的な方法しかありません。
 
これからの進歩・発展が期待されます。

脳での情報処理

眼はカメラのようなものです。角膜・水晶体というレンズがあり、網膜というフィルム(CCDと言ったほうが正確)に像を写します。カメラの部分はだいたい光学理論通りに機能しています。
 
しかし、「ものを見る」ということは、眼だけの働きではありません。眼で見た情報は網膜で信号に変換され、視神経を通して脳に送られます。最後は脳が認識しないと見えないのです。視覚中枢は、後頭葉(脳の後ろのほう)にあります。
 
眼のほうに問題がなくても、脳に問題があるためによく見えない場合があります。脳梗塞や外傷などで脳がダメージを受けると、視野が大きく欠けることがあります。時には、眼そのものは何ともないのに、脳が損傷を受けて失明してしまうことすらあります。
 
逆に、眼に少々問題があっても、脳内の情報処理によって補う仕組みもあるのです。

脳は視覚情報を加工する

脳は優れたコンピュータです。視覚情報をいろいろ加工して、輪郭を判断したり一部を強調したりすることができます。この働きは、普段は便利なものですが、長さや明るさや色を錯覚する原因になることがあります。
 
また、近くにあるものは大きく、遠くにあるものは小さく見えるのは当然ですが、私たちはふだんそれほど遠近による大きさの違いを意識しません。脳が自動的に大きさを補正しているのです。
 
緑内障になると視野が欠けますが、よほどひどくならないと本人は視野欠損を自覚しません。視野欠損があっても、脳が欠損部分を補ってしまう仕組みがあるので、意識しないのです。これは非常に優れた仕組みですが、そのために緑内障患者さんが末期にいたるまで症状を自覚しないという問題をおこします。

両眼で見ること

2つの眼でものを見ることは、よく考えれば相当に難しいことです。
 
左右ずれた像が写るわけで、これを統合するのは大変なことです。どうやったらそれで立体的に見えるのか不思議です。
 
メガネをかけた場合、近視のレンズではものが小さく見えます。左右で度が違えば左右でものの大きさが違って見えるわけです。それでも脳は、大きさが違う像をなんなく統合してしまいます。もっとも、あまり左右で度が違いすぎると頭が痛くなりますが。
 
片目の視力が良く、片目が悪い場合、最初は両目で見ると足して2で割ったような見え方になります。良い方の目だけで見たほうがよく見えるのです。ところが、時間が経つと、両目で見ても、良い方の目だけで見るのと同じになります。悪いほうの目で見た視覚情報は途中でカットされ、意識に上らなくなるのです。
 
脳の働きは大したものだと思います。

動体視力

動体視力というのも、スポーツでしばしば話題になります。これは動いているものを短時間で見分ける能力だと考えていいでしょう。実は、眼科の教科書にはほとんど出てきません。
 
優れた野球選手は速い球の急速やコースを見分ける能力が優れています。そればかりではなく、野球とは全然関係なくとも、動く物体に書いてある字を読むことができたり、見分けたりする能力が高いことが証明されています。
 
それでは、もともと先天的な能力として動体視力が良い人だけが、一流のスポーツ選手になれるのでしょうか?
 
そうではないと思います。眼自体は、相手が動いていようが止まっていようが働きに違いがあるとは思えません。一流選手だからといって眼の構造に変わりはありません。動体視力は良くとも、近視や乱視でコンタクトをしたりメガネをかけたりしている選手もたくさんいます。
 
一流選手の場合何が優れているかというと、脳における視覚情報の処理が速いのだと思います。カメラは同じだが、コンピュータが優秀というわけです。
 
こういう能力は、学習や訓練により発達します。優れた動体視力は、長年繰り返し練習を続けて努力した結果であり、生まれつき備わっているものではないのです。

体調と視力

身体が疲れているとき、睡眠不足のとき、病気のときなど、視力が出にくいことはしばしば経験します。
 
そういう時は、脳での情報処理がスローダウンするのだろうというのが私の仮説です。
 
不正乱視や白内障などがある場合、ふだん脳は眼が見た情報に補正をかけることで良好な視力を保っていて、体調不良だとそれができなくなるから視力が落ちると考えられるのです。
 
ですから、乱視も白内障も何もない良好な眼の場合は、体調にかかわらず視力は安定しています。問題がある眼ほど視力は変動しやすく、不安定になります。

近視と裸眼視力

近視の場合に裸眼視力がどの程度出るかは、人によって非常にばらつきが大きいものです。
 
近視の程度はジオプターという単位で表しますが、同じ-1.0ジオプターの近視でも、ある人は0.2くらいの視力で、ある人は1.0の視力なんていうことがおこるのです。
 
近視があると、ピントが合わないので網膜にはぼやけた像が写っています。多少ピンぼけでも、脳が一所懸命に補正しているのだと思います。どのくらい補正できるかは人によって違い、それが視力の差となって表れるのではないか- そう私は考えています。
 
残念ながらそういう補正力はいつも安定して発揮できるわけではないようで、近視の方ではしばしば裸眼視力は非常に不安定になります。試験勉強をした後とか、コンピュータを長時間操作した後などで裸眼視力が低下するのは、脳における補正がうまくできなくなるからでしょう。
 
正視の方ではどうでしょうか。実は、正視の方では近視の方ほど裸眼視力が変動しないのです。もともと正視の方では、そもそも補正の必要がないので、裸眼視力は安定しているのです。
 
よく、コンピュータの作業をするようになって近視になった、と言いますが、私の考えでは、そういう方はたいていもともと近視なのです。脳における補正ができなくなったために、隠れていた近視が顕在化したと考えられます。
 
この場合、一定期間コンピュータの作業をやめて十分休養を取れば裸眼視力が回復してくることがあります。しかし、再び作業を始めるとすぐ視力は低下します。仕事であれば逃れられないわけで、やはりメガネをかけるしかないでしょう。

2004.6