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川本眼科だより

川本眼科だより 53近視予防に遠近両用? 2004年7月31日

遠近両用のメガネと言えば、ふつう40歳台半ば以降に老眼で手元が見えづらくなった人のためのものです。
 
ところが、この遠近両用メガネを近視の子供にかけさせて近視の進行を止めようという、びっくりするようなアイデアが出されています。もし本当に効果があるものなら、近視進行予防の世界に革命がおこるかも知れません。
 
効果があるかどうか、まだ決着はついていません。現在岡山大学がきちんとした臨床試験をしている最中で、結果は2年後に出る予定です

なぜ子供は近視になるのか?

幼児では遠視が多く、小学校低学年くらいでは正視に近い子供が多いのですが、なぜか学年が進むにつれて近視の子供が増えていきます。近視の程度も徐々に進み、ふつう20歳くらいまで近視が進行していきます。
 
なぜ近視が進むのかは長い間謎でした。遺伝的な素因を重視する説、近くを見続けるという環境因子を重視する説、遺伝と環境の両方が関係しているする折衷説・・・
 
この問題はまだ決着がついているとは言えませんが、最近になって動物実験により注目すべき研究成果が得られ、それにより新しい近視進行理論が提唱されるようになりました。

出生直後は遠視→後で正視に

動物の多くは生まれたとき遠視です。ふつうは成長とともに正視になります。ところが凸レンズをかけさせて育てると遠視のままです。凸レンズの装用をやめると急速に正視化します。
 
逆に、強い凹レンズをかけさせたまま長期間育てると近視になってしまいます。一度近視になると、凹レンズの装用をやめても近視のままで正視にはなりません。
 
最初はヒヨコの実験だったので、そのまま人間にも通用するか疑問視されていましたが、今ではサルでも証明され、ヒトでも同じだろうと考えられています。
 
この結果から、網膜にしっかりピントが合わず、網膜の後ろにピントが合っている場合、動物はピントを合わそうとして眼の奥行きを長く伸ばそうとするという仮説が提唱されました。眼の奥行きを「眼軸長」と言います。
 
眼軸長は生まれたときからぴったり正視の長さになっているのではなく、少し短めになっているのです。そして、実際にものを見ることによって、網膜にピントが合うように眼軸長が伸びていくようになっていたのです。
 
なるほど、これは実に合理的な仕組みだと思います。出生直後と成長してからでは眼の大きさも違いますし、角膜や水晶体の状態も環境の影響も受けるわけで、出生後調整することで結果的に正視になりやすくしてあるわけです。

調節ラグ(=ピント調節不足)

人間の眼は、ピントを自動で合わせることができます。オートフォーカス・カメラみたいなものです。網膜上に映った像のボケを検知して、毛様体筋(ピント合わせの筋肉)が水晶体の厚みを変えることでピント合わせをします。
 
しかし、この仕組みは機械のように正確なものではありません。とくに子供の場合、ボケた像に対するピント調節反応が悪く、ボケたままになっていることがあります。このピント調節不足の状態を「調節ラグ」と言います。
 
調節ラグがあると、「成長期に遠視を正視にするため眼軸長を伸ばす仕組み」が働いてしまい、必要以上に眼軸長が伸びてしまう(=近視化してしまう)というのが最新理論です。
 
以上はまだ仮説であり、同じ実験結果に対して違った解釈も可能です。それでも、近視の進行原因に関して今もっとも有力視されている理論であることは間違いありません。

累進メガネによる近視進行予防

長時間、近くをみる作業を続けた場合、調節ラグが発生しやすくなります。最新理論では、この調節ラグが近視進行の原因と考えます。
 
そこで、調節ラグがおこらないよう、累進焦点メガネ(境目のない遠近両用メガネ)をかけさせれば、近視の進行を防止できるのではないかと考えられました。
 
実際に、香港でそういう臨床試験が行われました。1999年に発表された結果によれば、累進焦点メガネは単焦点メガネ(普通の近視のメガネ)に比べて、近視の進行および眼軸長の伸びをともに抑制した、というのです。これが本当なら大変なことです。
 
しかし、同じ香港で別のグループが2002年に出した結果では、近視の進行にも眼軸長の伸びにも有意差が認められませんでした。
 
2003年にはアメリカで他施設共同研究の結果が発表され、近視の進行と眼軸長の伸びに有意な抑制効果があったのですが、その効果はあまりにも小さくて積極的に装用を勧めるほどの数字ではありませんでした。

岡山大学の臨床試験

日本では、岡山大学が既に臨床試験に着手しています。人種差があるかも知れないので日本人の場合についてはっきりさせることが目的です。
 
この臨床試験では、眼軸長の測定に従来の超音波ではなく、レーザーを使った非常に精度の良い機械を使っているのが特徴で、今までの報告より正確な結果が出るのではないかと期待されています。
 
結果は2年後に出る予定です。私もどういう結果になるか、注目しています。

近視進行予防で今できること

そんなわけで、現時点で効果があるかどうか不明の累進焦点メガネをかけることはお勧めしていません。累進メガネは値段も単焦点のメガネの倍くらいしますし、子供は1年くらいで度が変わるので経済的負担も相当なものになるからです。
 
ただ言えることは、最新理論から考えても、従来経験的に言われてきたことは正しかったということです。すなわち、メガネの度を少し弱めで合わせるのは合理的ですし、「本を読むときは姿勢を正しくして30cmくらいの距離を取ろう」とか「長時間の近業を避け、時々遠くを見るようにしよう」といった従来の指導は間違っていなかったと言えます。
 
昔の人は偉いですね。

2004.7