川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 83医師の偏在 2007年1月31日

医師が不足していると大騒ぎになっています。 確かに、以前私が川本眼科だより68で書いたように、地方病院・産科・小児科などでは医師不足が深刻です。病棟の閉鎖も相次ぎ、地域医療が立ちゆかなくなってしまったケースもあります。
 
しかし、実は医師の数は全体としてはだんだん増えているのです。
 
医師が不足しているというより、偏在していることに最大の問題があります。全体の医師数を増やすという方策では、偏在の問題はなかなか解消しそうにありません。しかも、むやみに増やせば、医療費が増加し、保険料や税金などの国民負担が重くなる恐れがあります。

医師は増えている

1973年に「無医大県解消」「一県一医大」という政策が打ち出され、全国どの県にも医科大学・医学部がつくられました。医学部が大幅に増設されたため、医師数は毎年3,500~4,000人程度増加しており、一貫して増加傾向にあります。
 
1970年頃に比べれば医師の数は12万人から27万人まで、なんと2倍以上に増えています。1986年頃に将来医師が過剰になるとして医学部の定員が減らされましたが、その時と比べても医師数は約1.5倍に増えています。
 
統計数字を見る限り、医師は全体としては不足しているとは言えないと思います。数年前まで、医師が不足しているという実感はあまりなかったはずです。むしろ、最近になって、医師が都市部に偏り、特定の科が医師から敬遠されているのが問題なのです。

医師増は医療費増を招く

医師が増えると、病院での待ち時間が減り、手術もすぐに受けられ、競争で患者サービスが向上するかも知れません。これは歓迎すべきことです。
 
しかし、医師が増えるのは良いことばかりではありません。
 
医師が増えると医療費も増える傾向は従来から指摘されています。もともと医療が必要だった潜在的な患者さんが掘り起こされるなら医療費は増えて当然で、望ましいとすら言えるでしょう。
 
ただ、医師が増えすぎれば医師間の競争が激化します。とくに開業医は設備投資のため多額の借金をかかえているのが普通で、下手をすれば倒産です。
 
通常の自由競争なら、負け組が退場して終わりですが、保険医療は出来高払い制なので、そう簡単にはいきません。医師は自分の裁量で検査・投薬・受診間隔などを決めることができます。経営が困難になれば、検査を増やし、受診間隔を短くするというのは自然の成り行きです。
 
ですから、医師をむやみに増やせば総医療費が増加するのは目に見えています。その分は、保険料を上げるか、税金を投入するかで埋めるしかないでしょう。

産科・小児科は医師不足

特定の分野だけみれば、医師が不足しているのは本当です。産科・小児科・救急などです。
 
深刻なのは産科です。当直や呼び出しなどの拘束時間が極端に長いうえに、出産時の事故が訴訟に結びつきやすいのが敬遠され、産科を志望する医師は激減しています。おまけに、不可抗力と思える出産事故で医師が逮捕されたり、長年の慣習であった看護師の内診が急に違法とされたり、産科の開業医を続けることが困難になっています。嫌気がさしてお産の取扱いをやめた産婦人科医が急に増えて、自分の町や村でお産ができないという事態が、日本のあちこちでおこっています。

地方に医師が行かない

もう1つ深刻な問題は、地方での医師不足です。
 
これは医師の新卒後研修制度(川本眼科だより68)が最大の原因です。この制度では、必ずしも大学の医局に入る必要がありません。
 
医局制度には、教授に権力が集中していることによる弊害があったことは確かです。しかし一方で、回診・勉強会・臨床検討会などを通じ、医師の相互批判により臨床や研究のレベルを維持することに役立ったことは評価できます。
 
医局は、関連病院に医師を派遣します。なるべく公平になるように、定期的に(半年~3年くらいで)各病院に派遣する医師を入れ替えていました。このしくみがあったからこそ、地方にある不便な病院でも医師を確保できたのです。
 
しかし、このしくみでは、医師にしてみると転勤が続き、夫婦別居や単身赴任を強いられることになります。家族持ちにはつらいですね。
 
そのため、新研修制度になったとき、大学での研修を避ける人が増えました。大都市の病院のほうが、生活にも便利だし、転勤もないし、雑用も少ないし、手術もたくさんさせてもらえます。研究のレベルは少し落ちるかも知れないけれど、臨床医になるなら関係ありません。女性医師が増えていることもそういう選択に拍車をかけた可能性があります。
 
医局員が減ってしまい、医局制度は力を失いました。いまや医学部を卒業後大学の医局に入って研修する割合は5割を切り、多くは都市部の大病院での研修を選びます。
 
ところが、医局にとってかわる医師の配置調整システムは全くありません。マンパワーをなくした大学医局は地方病院から医師を引き上げます。病院側があわてて医師を確保しようと奔走しますが、医師は見つかりません。今、地方では多くの病院が病棟閉鎖を余儀なくされています。
 
別に急に医師が減ったわけではありません。医局の力がなくなって、各医師が行きたい病院に行くようになったらこうなってしまったのです。

医師増で偏在は解消しない

医師を増やせばこのような医師偏在を打開できるでしょうか?
 
残念ながら、私は懐疑的です。
 
都市部の大病院で研修した医師は、将来大学でポストを得ることはできませんから、多くの場合、いずれ開業することになるだろうと思います。地方で開業してくれれば万事うまくいくわけですが、子供の教育など私生活を考えたときには地方はやはり不便なので、過剰感があっても多くは都市部~都市近郊で開業するでしょう。
 
医師を増やせば産科医が増えるでしょうか?
 
これも同じく、現在のような訴訟リスクをかかえ、拘束時間が極端に長いという、根本的な問題を解消しない限り、やはり産科医になろうとする医師は相対的に少ないでしょう。医師全体が増えた分は、眼科や耳鼻科や内科が過剰になるだけ、という恐れが大きいのです。 
 
このように、全体の医師数を増やしても、不足しているところに医師が回るという期待は裏切られる公算が大です。都市部のみますます医師が過剰になり、地方はやっぱり医師集めに苦労し、お産ができない地域は解消せず、保険料はどんどん上がる、というのが私の描く悲観的な未来図です。これが杞憂に終わればよいのですが。

2007.1