川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 100多焦点眼内レンズ 2008年6月30日

多焦点レンズとは、要するに遠近両用レンズのことです。白内障手術の際に濁った水晶体の代わりに眼の中に入れる「眼内レンズ」を遠近両用にしてしまおうというのです。
 
既に臨床応用も始まっていて期待は高いのですが、自費診療になってしまいますし、まだまだ問題点があって、私(院長)としては誰にでもお勧めできる段階ではないと考えています。

眼内レンズは”弱い近視”が普通

眼内レンズには調節力がありません。ピントを合わせることができないのです。
 
眼内レンズの度数は選ぶことができます。普通は「遠く」にピントが合うように合わせます。これはほぼ正視(無限遠にピントが合った状態)にするという意味です。

実際には、遠くを見るのに支障ない範囲でなるべく近くも見えるようにするため、ほんの少し近視にした状態を狙います。川本眼科だと2mにピントがあった状態を狙うのを標準にしています。
 
「近く」にピントが合うようにすることもでき、これは近視にするということです。もともとが強度近視の方では遠くが多少ぼやけても気にされないし、逆に近くが見えないことを苦にされるのである程度近視にしたほうが喜ばれるようです。
 
「遠く」に合わせるのは、遠くの方は2mでも5mでも100mでも必要なレンズの度は大して変わらないので広い範囲が見えるからです。「近く」に合わせると、例えば30cmに合わせたとしてその距離の前後わずかしかピントが合わず、見える範囲が圧倒的に狭いのです。
 
高齢になると、老眼の人は、普段ほとんどメガネをかけていなくて字を読む時だけ老眼鏡を取り出しますよね?これが「遠く」に合わせた状態で、1m以上はみんな遠くです。
 
高齢でも、近眼の人は、普段メガネをかけっぱなしです。近くの字を読む時だけ、メガネのままでは読みづらいのでメガネをはずします。これが「近く」に合わせた状態で、「近く」とは30cmくらいの距離のこととお考え下さい。

裸眼で遠近とも見たい

眼内レンズを「遠く」に合わせると、手術後、字を読む時は老眼鏡をかけなければなりません。実際にはボケたなりにある程度見えるので、新聞くらい裸眼で読めることもあります。でも、老眼鏡をかけたほうがやっぱりよく見えます。
 
手術前に比べれば遠くも近くもよく見えているはずですし、老眼鏡をかければ問題はありません。それでも、裸眼でも近くが見えるようになればさらに便利なのは間違いありません。メガネをかけずに裸眼で生活することを目標に開発されたのが多焦点眼内レンズです。

昔も多焦点眼内レンズがあった

眼内レンズが開発された当初から、遠近両用にできないかという発想はあり、実は多焦点レンズも20年近く前に既に開発されていました。しかし、数年で使われなくなりました。当時の技術では欠点ばかり目立ってしまったからです。
 
今ふたたび多焦点レンズが登場したのは、手術の技術が進歩し、必要な検査機器が開発されたからだと思います。確かに現在なら十分1つの選択肢としてもよさそうです。非常にうまくいくこともあるでしょう。
 
それでも、昔多焦点レンズが消える原因となった問題点は、いまだ完全に解決しているとは言えないように思います。

レンズを正確に中心に固定

多焦点レンズの場合、レンズの中心と瞳孔の中心を完全に一致させなければなりません。昔はそれが難しかったのです。現在なら、上手な術者ならかなりの確率で一致させることができます。
 
それでも、手術は人間のすることですし、絶対はありません。わずかなずれはありうることです。あるいはとレンズを包む水晶体嚢(薄い袋)に小さな裂け目がついてしまうかも知れません。
 
手術後時間が経つと水晶体嚢は収縮してきます。そのとき手術直後にはわずかだった位置のずれが拡大することがあります。普通の(単焦点の)眼内レンズなら少しくらいずれても問題になりませんが、多焦点レンズでは少しのずれが見え方に大きく影響してしまいます。

レンズの度を正確に決める

多焦点眼内レンズの目標は「裸眼でずっと生活すること」です。そうすると、実は眼内レンズの度を正確に決めることがきわめて重要なことがわかります。そうでないと結局メガネが必要になってしまい、意味がありません。
 
ところが、眼内レンズの度の決定にはメガネを合わせるほどの精度はありません。弓矢で的を射るというイメージで考えればよいでしょう。ぴたりと合わせられることもありますが、かなりずれてしまうこともあります。最後はメガネで微調整せざるを得ません。
 
眼内レンズの度を決める際に、目の奥行きの長さを測定するのですが、数年前からレーザー光線を使った方法ができて、従来より正確に測定できるようになりました。多焦点レンズを使うための条件が整ってきたわけです。
 
ただ、白内障が進行してしまうとレーザーが遮られてこの方法は使えません。そうすると超音波で奥行きを測定せざるを得ず、誤差はかなり大きくなります。

乱視をどうする?

現在の多焦点眼内レンズでは乱視の矯正もできません。そうすると手術後も乱視は残ります。もともと乱視がほとんどない方でないと、「裸眼でよく見える」という目標が達成できません。
 
しかも、手術後の乱視を正確に予測することはできません。予想外に乱視が強く出ることもありうるのです。そうすると、せっかく多焦点眼内レンズを入れたのにやっぱりメガネが必要になったという羽目に陥ります。

手術も術後の診療も自費

多焦点眼内レンズに対しては健康保険が使えません。手術は自費で、片目で40万円くらいかかります。術後の診療に対しても健康保険は使えないことになっています。
 
保険なら3割負担でも片目6万円ですし、両眼手術なら高額療養費制度の恩恵を受けて安くすむかも知れません。もちろん術後は保険診療です。
 
普通のレンズで手術してもさほど問題なく、全くメガネなしで生活できる場合もあります。前述した問題点以外にもグレア(夜間のぼやけ)やハロー(光の散乱)が問題になることがありますし、高額の費用がかかることを考えると、現時点では多焦点眼内レンズをお勧めしにくいのはご理解いただけることと思います。

将来は主流になるかも

多焦点眼内レンズに問題があることは申し上げましたが、さらに改良し、術式を工夫し、検査の精度を上げることで欠点を克服する可能性は十分あると思います。
 
健康保険が使えるようになり、手術の経験が蓄積されれば、将来は多焦点レンズが主流になるかも知れません。

2008.6