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川本眼科だより

川本眼科だより 160視野と加齢 2013年5月31日

歳を取るほど、緑内障や網膜疾患など視野が障害される病気にかかる人が増えていきます。必然的に、高齢者は若い人より視野検査を受けることが多くなります。

ところが、加齢とともに視野検査を上手にこなすことが困難になります。反応が悪くなり、集中力もなくなり、疲れやすくなります。

また、高齢者では、視野検査の結果がよくても、日常生活での実用的な視野は狭くなっていると指摘されています。

特に、車の運転は、事故の危険を伴いますから、社会問題でもあります。今の免許更新では視野をまともに測っていないのです。かといって、むやみに厳しくすれば生活ができません。

先日、視野学会に参加してきたので、そこでの議論を踏まえて視野と加齢の問題を考えてみます。

視野障害は歳を取るほど増える

目の病気は一般に歳を取るほど増えます。

緑内障は40歳を過ぎると発症する人が多くなります。治ることはないので、年齢が高くなるほど緑内障の人は多くなっていきます。大ざっぱに40歳で2%,50歳で3%,60歳で6%,70歳で10%の人が緑内障で、加齢とともに視野障害が進行します。

網膜に変性を起こす病気、網膜に出血する病気、脳卒中、脳腫瘍、視神経炎なども視野を障害します。いったん起きた視野障害は長期に残ることが多く、しかも悪化する心配があるので、長期の経過観察が必要です。

つまり、歳を取るほど視野障害は増え、それだけ視野検査が必要になることも多いのです。

視野の調べ方

視野を調べる方法はいろいろありますが、最もよく使われているのがハンフリー視野計です。国際的標準機とされ、川本眼科でもよく使います。

この視野計では、網膜に76の点を設定し、それぞれの点に光を当て、どれだけの光量なら見えるか、見える明るさと見えない明るさの境目を探します。その境目の明るさを閾値(いきち)と言います。その点の光に対する感度と考えればよいでしょう。その結果を正常者と比較します。

加齢とともに閾値(感度)は悪くなります。そのため、視野検査の結果の評価は最初から年齢別になっています。80歳で視野正常という結果は、20歳なら異常です。つまり、視野検査とは「年齢相応よりも感度が悪くなっていないか」を調べる検査なのです。

ただ、加齢による衰えはきわめて個人差が大きいので、高齢者で「年齢相応」を決めるのは無理があります。そもそも80歳ともなれば半数以上に病気があるのに、正常値を設定する時には病気がある人を除外するのが普通で、結果的に「平均よりも健康すぎる人」が基準になってしまいます。実際、機械が出す視野検査の評価は高齢者には厳しすぎる傾向があります。

視野検査が上手にできない!

歳を取るほど視野検査が必要になるのに、歳を取るほど視野検査が上手にできなくなります。(個人差が大きく高齢でもできる人はできます)

視野検査では光が見えたらすばやくボタンを押すわけですが、高齢者では反応が悪くなってすばやく押せません。途中で疲れ、集中力が切れてしまうこともありがちです。対策として、手早く測る、休みを入れる、声かけをする、などその人に応じた工夫が大切です。

逆に、頑張りすぎて見えていない時まで押しすぎて変な結果になることがあります。検査結果を判断する際に、結果を信用して良いか十分に吟味し、信頼性が低ければ再検査します。

高齢者の実用視野

高齢者は、視野検査の結果が良くても、日常生活での実用的な視野は悪くなっていると言われています。視野検査の時には見ることに集中して努力するから周辺まで見えても、普段は「周辺は見えていても脳が認識していない」と言うのです。

若い時には複数のことを同時に行うことも比較的簡単です。脳の引き出しがたくさんあって、それほど努力しなくても並行処理できるのです。周辺視野で見えていることには、それなりに注意を払っています。

ところが、高齢者は、周辺視野で見えていても、それに注意を払うことができません。脳の引き出しが少なくなっていて、並行処理できないのです。

高齢者が道路を横断する際に事故に遭いやすいのは、実用視野が狭くなっているせいだろうと考えられています。

高齢者の視野と車の運転

高齢者の事故率は高く、原因の1つが視野だと指摘されています。視野が相当狭くなっていても、日常生活で視野の狭さを意識することはほとんどなく、結果として人や車に気づかずに事故を起こすというのです。

多くの場合、事故の原因は不注意や脇見と処理されてしまいます。ところが、高齢者の運転中に前方の映像と目線を同時記録してみると、脇見などほとんどしていなくて運転に一生懸命なのに、赤信号を無視したり、一時停止しなかったり、安全確認を怠ったりが結構起きているのです。原因は実用視野が狭いためと推定されています。

視野が原因なら、いくら安全教育をしても事故を防ぐことは困難と言えます。

視野が狭くても免許はパス

片目の視力が0.3以下の場合,もう片目の視力が0.7以上で視野が150度以上あることが、日本で運転免許を取得ないし更新する条件になっています。この視野検査は運転免許試験場等で行います。

ところが、この視野検査、落ちた人を見たことがありません。聞くところによると、目が動いてもチェックされなかったり、指標が動くとき音がして答えるタイミングがわかったり、係員による誘導があったり、何度でもやり直ししてもらえたり、要するに「一人も落とさない」という方針で運用されているようです。「免許がないと困るだろう」という温情なのでしょうが、これでは視野に関する規定を設けている意味がありません。

限定免許やタクシー補助を

高齢者の事故が多いことから、運転免許証を自主的に返納することが推奨されています。ただ、なかなか本人の同意が得られないようです。

高齢者にはおいそれと免許を返納できない事情があるのです。子供とは別居していて、買い物や病院通いなどは自力でしなければなりません。歩いて行ける近所の小さな店は少なくなりました。体力が弱り、足腰も弱って、若い時よりも車に頼るようになってしまっているのです。車を取り上げられれば直ちに明日からの暮らしに困ります。

解決策として限定免許を提唱したいと思います。日中明るい時だけ、自宅の近所だけ、など運転できる条件を厳しくした免許に切り替えます。高齢者の生活に配慮した上で事故を減らせるでしょう。

タクシー半額補助券なども考えられます。そういう制度があれば車を運転しなくても生活でき、免許の返納ができる条件が整うと思います。

(2013.5)