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川本眼科だより

川本眼科だより 133網膜静脈分枝閉塞症(もうまくじょうみゃくぶんしへいそくしょう) 2011年3月31日

眼底出血という言葉はお聞きになったことがあると思います。眼底出血は網膜~硝子体のあたりの出血の総称で、1つの病気ではありません。糖尿病網膜症、網膜細動脈瘤破裂、加齢黄斑変性症、網膜裂孔、ぶどう膜炎・・と、眼底出血をおこす病気はたくさんあります。

網膜静脈分枝閉塞症(もうまくじょうみゃくぶんしへいそくしょう)は代表的な眼底出血です。簡単に言えば網膜の血管が詰まって出血する病気です。病名が長すぎて覚えにくいので、患者さんには「眼底出血」と説明する医師が多いのですが、本当は患者さんにも正式な病名を覚えてもらったほうがよいと思います。

正式病名なら医学書やインターネットで調べることもできますし、内科等の医師にも何の病気かきちんと伝わりますが、「眼底出血」では1つの病気と特定できないからです。(例えばアメリカンフットボールを説明するのにスポーツと言っているようなものです。)

 

網膜静脈分枝閉塞症(もうまくじょうみゃくぶんしへいそくしょう)と網膜中心静脈閉塞症(もうまくちゅうしんじょうみゃくへいそくしょう)

網膜静脈分枝閉塞症は、網膜中心静脈(網膜からの血液を運ぶ静脈)が枝分かれした支流で詰まってしまい、行き場を失った血液が血管を破って網膜に出血する病気です。

出血が黄斑部(おうはんぶ=網膜の中心部で視細胞が集中しているところ)にかかると視力が低下します。黄斑部を出血が覆えばほとんど見えなくなりますし、黄斑部に少し影響している程度ならものが歪んで見えたり視野が欠けたりします。

逆に、黄斑部から離れた場所に出血した場合は、患者さんはほとんど気づいていなくて、検査でたまたま発見されることがあります。

網膜中心静脈閉塞症というのもあります。これは網膜中心静脈が本管で詰まってしまう病気です。軽症のものもありますが多くは重症で、視力が大幅低下し、新生血管緑内障をおこし、失明することもあります。頻度が低くなり、治療法も違ってくるので説明は別の機会に譲ります。

動脈に圧迫されて狭くなった静脈に血栓が詰まる

血管には動脈と静脈があります。動脈は心臓から流れ出す血管で、枝分かれして最後は毛細血管になります。逆に、静脈は心臓に戻っていく血管で、毛細血管からだんだん集まっていきます。

網膜には動脈と静脈が交叉しているところがあります。この交叉部では動脈のほうが圧が高く、一方静脈の壁は薄いので静脈は圧迫されて狭くなっています。特に、高血圧や動脈硬化があるとそれだけ狭くなってしまいます。そこに何かの原因で血栓(けっせん=血のかたまり)が形成されるか流れてきて詰まってしまうことが、網膜静脈分枝閉塞症のおこる主要な原因と考えられています。ただし、別の原因もあるのではないかとも言われています。

ですから、高血圧や動脈硬化は危険因子になります。ただし、そういう病気がなくても網膜静脈分枝閉塞症はおこります。確率が高いか低いかという問題です。

糖尿病や心血管疾患があるとおこりやすいという報告もあります。そういう危険因子に対する内科的治療は、既におこってしまった眼底出血の治療にはほとんど無効ですが、再出血防止や予防に役立ちます。

出血吸収に約1年、視力予後は様々で悪化も多い

網膜静脈分枝閉塞症の出血が引くには時間がかかります。だいたい1年かかるとお考え下さい。もちろん場合によって違うので数ヶ月で引く人もいます。でも1年経っても出血が残っていることも決して珍しくありません。

出血がすっかり吸収されても、残念ながら視力が元通りになるわけではありません。しかも、経過中にだんだん視力が悪くなることも多いという厄介な病気です。

視力予後(最終的に矯正視力がどこまで出るか)は黄斑部が受けたダメージの大きさで決まります。黄斑部のダメージは (1)最初の出血 (2)黄斑浮腫や虚血の持続の2つで決まってきます。最初に受けたダメージが大きいと何の治療をしても良い視力にはなりません。しかし放置すればさらに視力は低下しますし、新生血管緑内障という合併症を起こす危険もあります。完治は困難ですが視力の維持や合併症の回避が治療目標になります。

視力予後は若い人ほどよく、高齢者になると最終視力がかなり悪くなる傾向があります。

まれですが再出血することもあります。再出血すると視力は大きく下がります。

反対側の目にも出血する確率が10~15%くらいあると報告されています。それほど恐れる必要はありませんが、定期的に反対側の目の眼底検査も受ける必要があります。

治療は硝子体注射とレーザー治療

網膜静脈分枝閉塞症には様々な治療が試されてきました。ウロキナーゼ(血栓溶解剤)の点滴が以前は標準的治療でしたが、高価なのにあまり効かず、私は今は使っていません。

今日、治療の中心は (1)アバスチンという薬の硝子体注射 (2)網膜光凝固術(レーザー治療)になっています。補助的に(3)内服薬を使います。まれに(4)硝子体手術をすることもあります。

アバスチン硝子体注射は黄斑浮腫の軽減に有効で、劇的に効くこともある画期的治療法です。しかし、保険が使えず自費で1回に約2万円かかり、約1ヶ月で効果が切れるので何度も注射が必要です。注射時に感染をおこす心配もあるため注射後3日間は毎日通院しなければなりません。金銭的にも時間的にも患者さんの負担は相当なものです。

網膜光凝固術(レーザー)は新生血管の出現を防止するのに有効です。新生血管はもろくて大出血をきたしやすく、緑内障の原因になる厄介な合併症です。レーザーした部位は出血が減り浮腫も改善しますが、黄斑部中心には打てないので視力の向上には直接つながりません。

レーザー治療は保険が利きますが、3割負担だと3万6千円(1割なら1万2千円)もかかります。でも1回ですみます。医療保険や生命保険(医療特約)に加入していれば手術給付金の対象になります。

内服薬はいろいろな薬が使われています。私は、カルバゾクロム(血管の壁を強化する薬)と低用量アスピリン(血栓をできにくくする薬)をよく使っています。網膜静脈分枝閉塞症の場合反対側の目や同じ目の他の部位に出血することがあるので、アスピリンは予防のためにも役立つと考えています。安価ですし安全性の高い薬なので、長期投与に向いています。

硝子体手術を積極的に推奨する医師もいますが、一般的ではありません。特にアバスチンが使えるようになってからは注射をまずやってみるので、手術はめったにしなくなりました。

2011.3