川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 150アトロピンで近視予防 2012年7月31日

川本眼科では、近視の進行を止めるために、新しい治療法を始めることにしました。

アトロピンという目薬を100倍に薄めてさすという方法です。海外の論文では、副作用を最小限にして、なおかつ十分な近視進行抑制効果が得られることが示されています。

日本ではまだこの治療法を始めた施設は少ないようです。しかし、現在までに得られた情報から判断すると、この治療法は画期的なもので、近い将来この治療法が広く普及して標準的な治療法になる可能性が高いと私は考えています。

10年、20年先には日本中で強度近視の人はかなり減っているかも知れません。

トロピカミドは効果不十分

今まで、小学生くらいで近視が進行している方にはトロピカミド(ミドリンM、サンドールMY)という目薬を処方していました。この目薬はたいていの眼科で使われていますが、残念ながら効果が弱く、満足のいく治療成績をあげられていません。米国において一卵性双生児を対象に行われた長期投与試験では最終的な近視の程度を軽くする効果はなかったそうです。(元の論文を探したのですが見つけられませんでした。すみません。)経験的には 0.5ディオプター程度近視が軽減する場合があるので、メガネをかける時期を遅らせる意味はあると考えますが、その程度が限界です。

ですから、2~3ヶ月試しに投与してみてあまり変化がなければ早めにメガネを処方することにしていました。

アトロピンは副作用が強い

アトロピンは散瞳(瞳孔を開く)作用があることで知られ、古くから目薬として使われてきました。強力なピント調節麻痺作用があり、斜視や弱視の診断には欠かせない目薬です。

近視の進行を抑制する効果があることも昔からわかっていました。しかしながら、実際に使ってみると、散瞳作用のためにまぶしくて仕方がないですし、ピント調節麻痺作用のために字の読み書きが困難になってしまいます。サングラスをしたり遠近両用メガネをかけたりすることで対応する方法はあるのですが、「老眼対応のサングラスを常用する小学生」という図は、いくら近視を抑えるためとはいえ、受け入れがたいと思います。

そんなわけで、アトロピンは副作用が強いので近視予防には使えないと考えられてきたのです。

100倍に薄めても効果がある!

ここ数年、アトロピンは見直され、再び近視予防に使われ始めました。濃度を薄くしても十分効果があるという報告が相次いだからです。

もともと近視進行抑制効果はピント調節麻痺作用と不可分と考えられていたので、調節麻痺作用がなくなるほど薄めたら近視抑制効果もなくなるに違いないとみんな信じていたのです。ですから20倍に薄めたアトロピンでも有効だと報告されても半信半疑でした。私もそうです。

ところが、その後かなり信頼性の高い追試が行われ、昨年には100倍に薄めても効果があったと報告されました。次ページに示すグラフは5種類の濃度のアトロピンをさしてみた結果です。上から1.0%,0.5%,0.1%,0.01%,0%の目薬をさした時の近視の進行状況を示しています。濃度が高い順に効果が高い結果とはいえ、その差は小さく、1.0%(原液)でも0.01%(100倍希釈液)でも大差ありません。アトロピンを全く入れていない対照群に比べれば近視の進行を抑制できています。

 

副作用問題はほぼ解決

100倍に薄めれば散瞳作用も調節麻痺作用も通常問題になりません。報告でも、ピント調節力、瞳孔の大きさ、近方視力とも無投薬群との差は無視できるほど小さかったとのことです。一番多かった副作用はアレルギーで、これは投与を中止すれば治りますから心配ありません。

ムスカリン受容体をブロック?

なぜアトロピンが効くのか、現時点では不明です。以前は調節麻痺作用を介して効くと考えていましたが、極端な低濃度でも効くことを考えると否定的です。今では眼軸長(目の奥行きの長さ)を伸展させる働きのあるムスカリン受容体をアトロピンが直接ブロックしているのではないかと言われています。

恐らく、トロピカミドには、同じ散瞳薬/調節麻痺薬でも、この受容体ブロック作用がないのでしょう。さらに研究が進めばもっと効き目の強い近視進行抑制薬が登場する可能性もあります。

川本眼科の診療プロトコール

低濃度アトロピン投与の対象者は「近視が進行しそうな子供」です。対象者はものすごく多くなりそうです。近視は小学校低学年から高校くらいまで進行するリスクがありますから、何年も続けることになると思います。また、眼鏡処方をした場合でも、それ以上近視を進行させない意味があるので、ご希望があれば継続することになります。

目薬は一度に3本処方する予定です。1日1回就寝前点眼です。使い始めた目薬は1ヶ月経ったら残っていても捨てて下さい(細菌汚染対策)。つまり3ヶ月分ということです。

3ヶ月ごとに、屈折(近視の程度)、眼軸長、視力、瞳孔径、副作用の有無などをチェックいたします。

このプロトコール(診療手順書)は状況をみながら適宜見直すものとします。長く続けるつもりですが、途中で中止することもありえます。

興味を持たれた方、ご希望の方はどうぞご遠慮なく川本眼科にご相談ください。

(2012.7)