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川本眼科だより

川本眼科だより 260運転と眼 2021年9月30日

高齢者ドライバーの事故がたびたび報道され、高齢者の運転免許返納を求める意見が増えていると感じます。しかし、車がないと生活できない人も多く、この問題はそんなに単純ではありません。

今回は、車の運転と眼に関するよもやま話です。

シートベルトとエアバッグ

昔、自動車事故が起きると運転手は顔面をフロントガラスに激突させ、ひどい眼外傷を起こしていました。眼球の壁が破れてしまう悲惨な事故も多く、手術しても約半数が失明していました。

シートベルト義務化とエアバッグの効果は絶大でした。死亡事故だけでなく、交通眼外傷による失明も激減したのです。

最近では「エアバッグ眼外傷」が目立ちます。エアバッグは火薬の爆発で膨らみます。シートベルトを正しく装着していればエアバッグが膨らみきったところに顔が潜り込むような感じになりますが、シートベルトをきちんと装着していないと衝突の衝撃で体が前方に移動し、爆発的に膨張中のエアバッグが顔面を直撃することになり危険です。もちろんフロントガラスやハンドルで強打するよりはずっとましですが、重傷例もあります。

白内障と運転

水晶体はレンズとして働きます。加齢とともに着色し、硬くなり、透明度が低下します。これは年齢とともに連続的におこり、程度がひどくなったものを白内障と呼びますが、白内障と加齢変化の区別は曖昧で、その間に境界線を明確には引けません。視力が良好で本人も困っていなければ、普通はあまり問題にはしません。

高齢者では白内障(または水晶体の加齢変化)が必ず起こり、運転にも影響します。

暗いところで低コントラストのものを見分ける能力は低下します。暗い色調の服を着た人を発見するのは遅くなります。また、逆光に弱くなり、対向車のヘッドライトがやけにまぶしいと感じるようになったりします。

ある程度までは夜の運転を避けたり、慎重に運転したりすることで対応できるでしょうが、もし運転に支障が出ている自覚があるなら、早く手術を受けることをお勧めします。職業ドライバーなら一般の人より早く手術すべきだと思います。

緑内障と運転

緑内障は視野がだんだん欠けていく病気です。困ったことに視野の異常はなかなか自覚しません。人間の脳は視野欠損部位を補ってしまうので意識できないのです。例えば建物の前の人が透明人間になって背景の建物が見えているかのように感じます。黒く抜けて見えるわけではありません。

運転免許は、視力さえ良ければ視野が悪くても取得・更新できます。視野検査を受けなければならないのは、片目の視力が 0.3未満の場合だけです。視野検査を全員に義務づけるべきだという議論もありますが、時間と手間がかかりすぎるので現実的ではありません。

視野欠損があれば、信号を見落とすかも知れませんし、急な飛び出しに気づくのが遅れるかも知れません。事故につながる危険性があるのです。もっとも視野異常に気づくと運転に慎重になるので単純に事故率が増えるわけではありません。

眼科医には運転を禁止する権限はありません。さすがに高度視野狭窄では運転中止を説得しますが、若干の視野欠損がある程度なら、患者さんがどのような場面で注意が必要かを説明し、危険が予想される場面を避けるよう指導します。私は、首を動かして確認すること、暗くなってからの運転を避けること、なるべく広い道/よく知った道を走るよう指導しています。

運転免許の返納

高齢になると、緑内障や加齢黄斑変性など眼の病気は増えますし、病気とは言えなくても視機能が低下することは避けられません。通常の視力が大丈夫でも動体視力は衰えます。運転時の実用視野も狭くなります。認知機能も衰えます。

しかも本人はそういう衰えを現実より軽く考えがちです。結果として高齢者では事故率が高いのは周知の事実です。

80歳を超えれば運転免許の返納を検討する時期だと思います。もちろん個人差はありますし、人それぞれ事情はありますから一概には言えません。また、返納の前提として、タクシー券とか巡回バスとか、車がなくても生活ができるような制度が必要です。高齢者は歩くのは運転より困難になっていて、単純に車を取り上げると全く外出しなくなってしまいます。社会性を失い認知症まっしぐら、ということになりかねません。

地方では車が不可欠

都市部であれば車がなくても地下鉄やバスなどの公共交通機関に頼ることができます。地方ではそうはいきません。人口が減ってバスは減便、すると不便になったバスより車を使うようになり、バスは赤字が続いてついには廃止、というような事態が日本各地でおこりました。地方では住民の足は車しかないことが多いのです。

地方では運転免許を返納するとすぐに生活に困ります。車の運転は必要不可欠な生活の基盤なのです。そういう状況を反映して、運転免許更新の際の視力検査も、都市部では厳しく地方では甘い傾向があるようです。

最近、自動運転の開発が急速に進んでいます。地方の交通インフラ問題を根本的に解決する可能性があるので注目しています。全国どこの道でも走れる自動運転の実現はまだ難しいかも知れませんが、限られた地域に限定して特定の道だけ走らせるなら既に可能だと思います。早く実現することを願っています。

夕方は事故が多い

夕方4~6時くらいに事故が多いという統計があります。これには「暗順応」が関係しています。

人間は、暗くなると瞳孔が開き、光量の低下を補います。また網膜や脳も暗さに順応して感度を上げます。結果的に夕暮れ時に既に相当暗くなっているのにそんなに暗く感じません。しかし実際には視認性や反応時間は低下し、特に低コントラストのものが見にくくなることが知られています。

早めにヘッドライトを点灯し、夜間と同じ慎重さで運転をして下さい。

ドライビングシュミレータ

普通の人は事故を経験することはほとんどなく、運転を反省する機会もありません。運転時に遭遇しうる危険な場面を呈示し、的確な反応や動作ができるか調べる機械がドライビングシュミレータです。アイトラッキングといって、運転中の眼の動きも記録されます。

今のところ研究目的で使われているだけですが、将来はドライバー全員がシュミレータ検査を受け、自分の運転の癖や欠点を自覚し、注意を払えば、事故はもっと減ると期待しています。

(2021.9)