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川本眼科だより

川本眼科だより 95ドクター・ハラスメント 2008年1月31日

ドクター・ハラスメントという言葉が使われるようになりました。医師が患者に対して心ない言葉を投げかけ、思いやりのない態度を取ることを言います。

確かに、そういうことが実際にあることは事実です。どんな理由にせよ、医師の暴言は許されることではありません。思い当たる医師は反省し心すべきです。

しかし、この問題には複雑な背景があって、単純に「たちの悪い医師がいる」と済ませられる問題ではないことを知っていただきたいと思います。

ドクター・ハラスメントとは

ドクター・ハラスメントという言葉は本来の英語ではありません。セクハラ(セクシュアル・ハラスメント)などの言葉からの連想で生まれた和製英語で、略してドクハラと言うことが多いようです。医師が患者に対して悪意を持って嫌がらせをすることを指します。

医師の言動が患者さんの心を傷つけることは決してまれではありません。医師の一言はしばしば医師自身が考えている以上に大きな重みを持っています。

恐らく昔からあったことでしょうが、昔はほとんど泣き寝入りだったのでしょう。今はインターネットで医師の言動が告発されています。ただ、インターネットなどでは一方的に医師が糾弾されていますが、人間の常として自分の主張に不都合な事実は書かれないし、誇張や脚色もあるだろうという点は指摘しておきたいと思います。

なお、私はドクハラという言葉が嫌いです。必ずしも医師に悪意がない場合にまで使われ、いたずらに医療不信をあおっているように感じるからです。

医師の理屈と患者の心情

患者さんの考え方と医師の考え方に大きな違いがあると、医師が患者さんの心情を理解しない、あるいは理解できないということがおこります。

例えば、子宮筋腫の手術をする場合など、産婦人科の医師はふつう「もう子供がいらないなら、子宮は取ってしまってよい」という考え方をします。子宮の機能は子供を産むことだけだし、子宮を残す術式は出血ばかり多くなるし、子宮を残しておけば子宮癌になる可能性もあるからです。

しかし、女性の心情は必ずしも理屈で割り切れるわけではなく、「子宮を取ると女でなくなる」ような感情を持つ患者さんもいらっしゃいます。

このようなときに、医師が強引に説得しようとするとトラブルになります。患者さんがショックを受けて医師を恨むことになりかねません。

年配で経験豊富な医師なら心情に配慮できるかというとそうでもありません。年配の医師ほど診療行為への慣れがあり、「過剰な反応をする変な患者」とみなしてしまうことが多いようです。

女性医師ならよいのでしょうか。必ずしもそうではないようです。女性医師は医療現場では女である前にまず医師として行動するのが普通ですし、同性であるためにかえって患者さんに厳しく対応する傾向があり、ドクハラと訴えられているケースもたくさん見かけます。

腹を立てて患者とケンカ

患者さんに心ない言動をした医師は性格的に歪んでいるのでしょうか。いつも患者に意地悪をしようとしているのでしょうか。根っからの悪人なのでしょうか。

そうではないと思います。たいていはごく普通の医師なのです。ドクハラを訴える文中に「雑誌でほめていたから行ったのに」とか「知り合いに勧められて行ったのに」という記載がありますから、同じ医師を評価する人たちもいるのです。

医師はもちろん仕事として患者さんを治療しようとしているわけですし、患者さんの評判だって大事ですから、毎日毎日日常的に患者さんに嫌がらせをするわけがありません。

それなのに時に心ない言動をしてしまうのは、要するに腹を立てて患者さんとケンカしてしまっているのです。

昔から「医師は父親のように患者を指導し、患者は医師の言うことを聞いていればよい」という考え方があります。年配の医師ほどそういう考え方が強いですし、患者さんのほうでもそう考える方は多く、地方ではそれが普通です。

一方で、最近は患者さんの権利意識が強くなっており、また医療事故に関するマスコミ報道が増えているので、医師任せでなくきちんとした説明を要求する人が多くなりました。

ところが外来は混雑し、納得いくまで説明する時間などありません。説明の要求に対して「患者は医師任せ」に慣れている医師は自分が信頼されていないと感じ、患者さんから攻撃されているような気分になって「そっちがその気なら、こっちだって」と感情的な応対をしてしまうのです。

悪者扱いや非常識なクレーム

最近、医療問題がマスコミに取り上げられることが多いのですが、マスコミ報道の多くが十分な裏付け取材もしていないのに一方的に医師を悪者扱いして非難する傾向が強いことから、医師の多くが被害者意識を持つようになりました。

また、「患者の権利」を取り違えて、過大で無理な要求をしたり、自分の思いこみに極端にこだわったり、スタッフに暴言を吐いたりする非常識な患者さんが増えています。

そのため、医師によっては逆に患者さんの一言に過剰反応して感情的になってしまうことがあるのです。しつこい訪問販売に悩んでいる人が、何の罪もない訪問者を怒鳴りつけたりするようなものです。

中央公論2007年12月号「一億総クレーマー社会」に優れた現状分析が載っています。可能ならぜひご一読ください。

医師は感情的にならず自制を

当然のことですが、医師は患者さんとケンカしてはいけません。たとえ少々理不尽なことを言われても、医師は我慢しなければなりません。このことを私は恩師の岡井崇先生(現昭和大教授)から繰り返し教わりました。

患者さんは病気をかかえ、専門知識もなく、弱い立場にあります。医師が本気で患者さんとケンカをしたら医師が勝つに決まっています。気に入らない患者に意地悪をすることだって簡単です。でもそれは倫理的に許されないことです。

医師も人間、絶対に感情的になるなと言っても無理でしょう。けれども、まずは自制し、患者さんに対しては冷静に対応するよう努める義務があるはずです。

2008.1