川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 199スポーツと眼 2016年8月31日

リオデジャネイロ五輪で日本は41個のメダルを獲得しました。選手達の日頃の努力が報われたことを心から祝福いたします。

アスリートたちの汗と涙に触発されて、今回のテーマはスポーツと眼の関係です。

視覚情報はスポーツでも大事

一般に「よく見えること」は多くのスポーツで大事です。

射撃やアーチェリーでは良好な視力が決定的に重要です。サッカー、テニス、卓球などの球技でも、柔道やレスリングやフェンシングなどの格闘技でも、視覚情報に多くを依存しています。

陸上や水泳ではそれほど良く見えなくても競技は可能でしょうが、コース取りとかターンのタイミングとかライバルとの駆け引きとか、やっぱり視覚に頼る部分は大きいと思います。重量挙げなら目が悪くても大丈夫かも知れませんが、そういうスポーツはごく少数です。

近視・遠視・乱視

近視・遠視・乱視などの屈折異常の頻度は、運動選手でもさほど変わらないという報告があります。メガネやコンタクトを使えばそれほど不利にはならないということでしょう。

野球・テニス・ゴルフではプロでもメガネをかけている選手がいます。サッカー・ラグビー・格闘技など身体の接触を伴う激しいスポーツでは一般にメガネでは無理でソフトコンタクトの出番になります。ちなみにハードコンタクトはソフトに比べて外れやすいので、スポーツするときは普通ソフトを使います。

現在の使い捨てソフトコンタクトは、激しい動きでも外れにくく、装用感もよく、乾燥しにくく、酸素透過性が良好で長時間装用が可能なので、さほどのハンディにはならないと考えられます。

水泳だと度付きゴーグルというのがあり、メガネの代わりになります。既製品なので度はぴったりとは合っていません。極端に強い近視用はなく、弱い度数で我慢するしかありません。適正なコンタクトをした上にゴーグルをはめる人はいますが、ゴーグルの中に水が入ると困りそうです。

シンクロナイズドスイミングの選手はゴーグルをしませんが、恐らく多少の屈折異常があっても裸眼で演技しているのでしょう。

ボクシングと近視

ボクシングや相撲になるとソフトコンタクトでも無理です。衝撃でコンタクトがふっとんでしまいます。中程度くらいまでの近視なら裸眼で試合するのが普通です。相撲なら短時間で勝負がつくので、紛失覚悟でコンタクトを装用する力士はいるかも知れません。

ボクシングの選手にはオルソケラトロジーが適した方法だと思います。これは特殊なハード系コンタクトを夜中にはめ続けると角膜の形状が変化して昼間メガネをかけなくても見えるようになるという方法です。(中止すると徐々に元に戻る)

ボクシングの場合、近視の矯正手術を受ける人もいます。レーシックでは外部からの衝撃に弱く、パンチを受けたときにフラップがずれる恐れがあるので、スマイル、PRKなどフラップを作らない他の近視矯正手術を選択します。

ただし、角膜を削るタイプの近視矯正手術は、角膜が薄くなりすぎると角膜の強度が落ちるので、近視矯正量に限界があります。つまり極端に強い近視の人は手術が受けられません。

近視矯正手術ができないほど強度の近視の人は網膜剥離を起こしやすいので、ボクシングのように眼に強い衝撃を受ける可能性のあるスポーツをすることはそもそもお勧めできません。

動体視力とは

スポーツでは「動体視力」という言葉が使われます。ボールなど動く物体の軌跡や回転などを見分ける能力のことを言います。「動体視力」は普通の「視力」と名前は似ていますが、実は全く異なる能力です。

「視力」は眼球の形状や角膜・水晶体・網膜の状態でほぼ決まります。本人の努力や訓練が関与する余地はほとんどありません。

それに対して「動体視力」は眼球よりも脳や神経の働きで決まってきます。初めから備わっているわけではなく、積み重ねた練習や長年の経験によって獲得された技術であり、好不調もあるし、練習を続けなければ衰えます。

ですから、「イチローは卓越した動体視力を持つ天才だ」などという言い方は、生まれつき動体視力が良かったような誤解を生むので不正確です。彼の動体視力は毎日バットを振り続け血のにじむような努力をしたことで獲得された能力なのです。

動体視力を測定する検査はいろいろ考案されていますが、普及していませんし、測定にどれほど意味があるのかも疑問です。なぜなら、スポーツによって求められる能力は異なり、野球選手が速球の球筋を見分ける能力と、フェンシングの選手が剣先を見切る能力を、同じ物指しで測るわけにはいかないからです。

たとえ「視力」が悪くても、「動体視力」は向上させることが可能です。優れた「動体視力」を持つ選手でも、「視力」は一般人と変わらないのが普通です。

スポーツ眼外傷

スポーツにケガはつきものです。眼外傷もそれほど珍しいことではありません。

一番多いのは眼に何か異物が入ること。ゴロゴロして、痛みも強く、涙も出ますが、大半は軽症です。異物なら、まず水で洗い流しましょう。ただし、異物が取れた後も、角膜にキズが残るので、キズが治るまで「異物感」は続きます。

以前学校では運動場のライン引きに消石灰=水酸化カルシウムを使っていました。これは水と反応すると強いアルカリとなり、深刻な眼障害を引き起こす恐れがある危険きわまりない物質でした。今ではライン引きは安全な炭酸カルシウムに取って替わりました。ただ、どこかの倉庫の隅に消石灰が残っている可能性がゼロとは言えません。万が一目に入ったときには大量の水でひたすら洗うこと。最初の洗眼が十分か否かがその後の経過に大きく影響します。

ボールが眼に当たるのも起こりがちな事故です。眼球周囲は骨で囲まれているので、バレーボールやサッカーボールのような大きなボールは骨に阻まれて中には入り込めません。まぶたに皮下出血を起こして「パンダの目」になって重症感がありますが、眼球自体は大丈夫なことが多いです。

怖いのは、ゴルフボールのように小さくて固いボール、テニスボールのように変形して中に入り込むボールです。角膜が破裂したり、虹彩の根元が切れて大出血を起こしたり、網膜に出血したり網膜剥離を起こしたり、大変なことになることがあります。

殴られたり、眼に肘が当たったりした場合は、眼の周囲を囲む骨が割れたりひびが入ることがあります。大病院でCTを取る必要があります。

(2016.8)