川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 203田舎の診療、都会の診療 2016年12月31日

勤務医の頃、私は田舎の病院と都会の病院の両方で働く機会がありました。それぞれの病院を受診される患者さんの意識は大きく異なり、ちょっとしたカルチャーショックだったことを覚えています。

今でも、地域によって患者ー医師関係は大きく異なっているように思います。ただ、次第次第に地方でも都会的な診療スタイルが求められる時代になってきていることは間違いありません。

流れている時間、空気、雰囲気

昔、周囲がほとんど田んぼという環境の病院で勤めていたことがあります。人情味にあふれていて、収穫したばかりだという野菜をいただいたり、特産品のピーナツを頂戴したりしました。外来はものすごく混雑していましたが、時間がゆったりと流れていて診察室にものんびりした空気が漂っていました。

都会のど真ん中でも診療しました。患者さんはみな時間を気にされていて、イライラした気分も伝わり、何だかせわしなく、時間に追われている雰囲気でした。もちろん実際に待ち時間が長かったせいもあるでしょうが、それだけではなかった気がします。

田舎では「医師にお任せ」

田舎の病院では、診療内容は医師に任せるという気分が強く、説明をしてもあまり質問を受けることがありません。

患者さんに治療方法をを選択していただく必要があるときでも、「お任せします」「先生決めて下さい」と言われることが多くなります。

都会では質問攻めに遭うことも

都会の病院でも、診療上必要な事項は網羅して説明するようにしているので、質問の数はふつうそれほど多くはありません。でも時々質問魔みたいな方がいらして、微に入り細に入り質問攻めに遭うことがあります。

自分の病気について情報収集しまくっている人もいます。インターネットで得た怪しげな医療情報を信じ込んでいる場合もあって、逆に生身の医師の言うことを信用しないことすらあって、説得に苦労したこともありました。

本に書いてあっても、あるいはネットに載っていても、それだけで信じてはいけません。きちんと検証していないことを根拠なく断定していたり、既に新事実が発見されて訂正された古い情報が転載されていたり、もっと困るのは商売上の理由などで意図的に偽情報を流していたりします。特にインターネットでは情報の信頼性は相当に低いと考えたほうがよく、まずは疑ってかかるべきです。

都会では権利意識が強くなる

田舎での医師-患者関係は、教師-生徒の関係、親子関係に近く、医師のほうが患者を指導するというイメージです。ヒゲでも蓄え、気難しい顔をして、軽々しく話しかけられない感じを想像してみればよいでしょう。

都会での医師-患者関係は、医療サービス業者-消費者というイメージです。医療を契約ととらえ、権利意識も強くなります。端的に一言で言えば「患者は客だ」という感覚です。

後者は時代の流れだとは思いますが、昨今の医療の状況は少々行き過ぎではないかとも感じます。患者の要求・わがままを何でも聞き入れるというのでは医療は成立しません。医師の指示には従っていただく必要がありますし、やりたくないこと、嫌なことでも治療のためには我慢していただかなければなりません。昔「お客様は神様です」という言葉がありましたが、「患者様は神様です」とは参りません。

だんだん都会型に変化

地方でも「医師を信頼してお任せ」という診療スタイルは過去のものとなりつつあります。高齢者ではまだ昔ながらの気風が残っていますが、若い患者では既に都会型に変わっています。

そんな中で時々起きるのは、医師の意識は昔ながらの田舎型、患者の意識は都会型、とずれているミスマッチです。患者は医師の説明が不十分と不満に感じ、医師は医師の言うことを聞かないわがままな患者が増えたと思っているわけです。

医師の側も時代の変化に対応するのは当然で、多くの医師は少しずつ都会型の診療スタイルに変わってきていますが、高齢の医師ではなかなか自分の診療スタイルを変えられません。すぐに治る病気なら問題はあまり表面化しませんが、眼科の病気は緑内障とか糖尿病網膜症とか加齢黄斑変性症とか長期にわたって治療が続く慢性疾患が多く、説明不足を理由に転医するケースが増えてきています。

医師にお任せスタイルの利点

個人的には、田舎型の医師任せスタイルは悪くない方法だと思っています。

患者さんが選択肢を示されて、自分で方針を選ぶというのは、患者の自己決定権を尊重してとても良いやり方のように見えます。

しかし、実を言えば、自分で決めるのは相当に大変なことです。正直なところ患者さんの選択が最善とは思えないことも多々あります。手術を回避したために視力が大幅に低下してしまった、なんてケースもあります。患者が自分で選んだことだから自己責任であり、仕方がないということになります。もし、医師に決定を委ねていれば、専門家の視点からもっと良い方法を選択した可能性があります。

治療選択権・決定権と責任は表裏の関係にあります。田舎型のお任せスタイルでは、医師はより重い責任を負っていたわけです。都会型診療では患者のほうに責任が移行しているのです。

(2016.12)