川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 204上、右、下、左 2017年1月31日

眼科で診療する際には、医師が患者さんに視線の方向を指示いたします。「右をご覧ください」「左下をご覧ください」という感じです。

簡単なことのようで、実は意外に方向を指示することは難しいのです。

今回は左右上下に関するよもやま話です。

上下は簡単だが左右は間違える

向かい合った相手に方向を指示する場合、上下を間違える人はいません。でも、左右は多くの人が間違えます。向かい合って座っていると、自分の右は相手にとっては左になるわけで、どちらの立場に立つかで左右が入れ替わるために、混乱が生じるのです。

医師が「右」と指示するときは必ず「患者さんからみて右」を意味しています。患者さんは自分を中心に考えればよく、悩む必要はありません。

診察の時には、右も左も結局どちらの方向も向いていただくことになるので、患者さんが間違えてもそのままにしておくこともあります。右→左も順に診ても、左→右の順に診ても、診る順番が変わるだけの話ですから。患者さんは自分が間違えたことには気づかず、医師も目的を達して、平和のうちに診察は終了する訳です。

ところが、患者さんが途中で自分の間違いに気づいてしまう場合があります。そうすると、最初右を見るよう指示されたときには間違えて左を見で、次に左を見るよう指示されたときには正しく左を見るという結果になります。最後まで間違いに気づかないほうが良かったのです。

なお、診察で方向を指示された時には眼だけを動かし、顔は動かさないで下さい。

寝た姿勢での上下

少しややこしくなるのは、患者さんがベッドに横たわっている場合です。例えばものもらいの切開をする場面を想像してみて下さい。

立った姿勢、座った姿勢なら、上下を間違えることはありません。でも、寝転んだ姿勢の場合、重力に従って「天井方向=上、床方向=下」と見なす立場以外に、「頭のてっぺん方向=上、足底の方向=下」と定義する立場もあるのです。

実際、寝た姿勢でも、上まぶた、下まぶたという呼称を変えることはありませんし、眼科専門用語の「上転=上を向く」は頭頂方向に目を向けることであって、寝た姿勢でも「まっすぐ天井の方を向くこと」という意味ではありません。

手術の最中なら、患者さんの反応を見ながら、医師は言葉を言い換えたり、説明を補足したりしますから、誤解で困ることは普通ありません。

耳側、鼻側

眼科医は「耳側」「鼻側」という表現をよく使います。目は左右対称なので、右、左という言い方よりも正確に伝わりやすいのです。例えば「視神経乳頭の耳側に黄斑がある」なら左右の眼とも統一した説明ができますが、これを「右眼では右側に、左眼では左側に黄斑がある」ではいかにも煩雑です。

患者さんに説明するときには「じそく」「びそく」では伝わらないので、「目尻」「目がしら」と言い換えたり、「耳のほうから切開」のように説明しています。

右眼を左側に、左眼を右側に

眼科では、両眼の眼底写真などを並べる際に、右眼を左側に、左眼を右側に並べる習慣があります。患者さんがこちら側を向いた状態で顔全体の写真を撮ればそのように並ぶでしょう? スケッチでも、目だけでなく鼻まで描けばそういう並び方にするしかありません。

これは単なる習慣ではなく、とても合理的です。

時計回り、反時計回り

右回り、左回りという言葉がありますが、多くの人はどちらの方向に回るのかすぐにはわからないのではないでしょうか?

私は時計回り、反時計回りという表現を使っています。この表現なら誰にでも正確に伝わります。英語でもclockwise, counterclockwise という言い方をしますよね。

ちなみに眼底検査で網膜周辺部を診るときには時計回りに視線を動かしていただくことにしています。「上をご覧ください。右上をご覧ください。右横、右下、真下、左下、左横、左上」という感じで、原則として順番に少しずつ動かしていただきます。

この際、両目とも開けて両目一緒に動かすことが大切です。片目をつぶると、本人は目を動かしているつもりでも、あまり大きく動かすことができないのです。

時計の〇時

角膜はだいたい円形をしています。これを時計にたとえて「4時半の位置に角膜のキズがある」「9時の方向から角膜を切開した」などという言い方が眼科の世界ではよく使われます。円形であれば角膜に限らず虹彩でも瞳孔でも使えて、応用範囲の広い言い方です。眼科の世界でなくても使いますよね。

角度で「〇度」と示すやり方や、「上耳側」などという言い方もあるのですが、なんと言っても時計にたとえるほうが直感的でわかりやすいので好んで使われています。

注意が必要なのは、「左右」は患者さんにとっての左右なのに対し、「時計の〇時」は診察する医師の側から見た言い方だということです。写真に撮ってから説明するときには、患者さんも自分の眼を外から眺める形になるので、誰も不思議には思わないわけですが、実は「時計回りに眼を動かして下さい」の時とは逆になっています。だから写真や図で説明するとき以外は使いません。

Vd, Vs, Td, Ts

眼科のカルテなどには略語が使われています。ほぼ毎回記載されているのが上記の4つで、順に、右視力、左視力、右眼圧、左眼圧という意味です。d、sはラテン語で右dexter, 左sinisterという意味なのですが、略語として残っているだけで、実はラテン語が理解できる眼科医は誰もいません。

そのため、最近では英語の略語を使う眼科医が増えていて、その場合はRV(=Right Vision)、LT(=Left Ocular Tension)などと記載します。R、Lなら一般の人にもわかりやすいですね。

両眼のときにはラテン語ならu(=uterque)を、英語ならB(=Bilateral/Both)を使います。英語の場合、RとBは手書きだと時に見分けづらいことがあるのが難点です。

「まっすぐ」も意外に難しい

視線の方向を指示するとき、左右も難しいですが、意外な難敵が「まっすぐ」「正面」です。

何を基準にするかによって方向が変わってしまうのです。結構多いのが照明の方向を向く人で、照明は右斜めから当てているので、目が大きく右に寄ってしまいます。ほかにも「まっすぐ」の基準になるものを探してそちらを向こうとする人が多く、上に寄ったり下に寄ったり様々です。

上下左右どの方向にも寄らないように、診察する医師の顔をぼんやり見るつもりで視線を向けるとだいたい上手くいくようです。

(2017.1)