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川本眼科だより

川本眼科だより 236AI診療 2019年9月30日

AI(人工知能)はあらゆる分野で開発が進んでいます。いずれ医療の分野でも実用化されていくことは間違いありません。たぶんそれはそれほど遠い将来の話ではなさそうです。恐らく、私が現役の医師として働いている間にも、AIが特定の分野では医師の能力を凌駕する時代が来るのではないでしょうか。

AI診療の時代になったときに、医師はどういう役割を果たすべきか、考えてみました。

AI囲碁が人間を超えた

私がAIの威力を知ったのは囲碁の世界です。

従来「囲碁は一手一手の選択肢があまりにたくさんあるため、すべての手を計算することはどんなに優秀なコンピュータでもできない、だから囲碁だけは人間様の方がコンピュータよりも強い」と言われていました。私も素直に人間の創造性や叡智が発揮される分野だと信じていました。

ところが、グーグル・ディープマインド社が開発したコンピュータ囲碁プログラム(アルファ碁、アルファ碁マスター、アルファ碁ゼロ)は2015年から2017年にかけて、世界のプロの中でも最強と言われる棋士に完勝したり、世界中のプロを相手に60連勝したりして、もはやAI囲碁が人間を完全に凌駕したことを証明しました。この結果に多くの人が衝撃を受けました。

しかも驚くべきことに、AI囲碁のプログラムを進化させ汎用化させたアルファ・ゼロというプログラムは将棋・チェス・囲碁のすべてで従来最高峰とされてきたソフトよりもさらに強くなり、人間はもう全く歯が立たないレベルにまで到達しました。

ディープラーニング

コンピュータが急激に力をつけたのは、ディープラーニングという手法が開発されたからだそうです。それまで人間が囲碁の技法・手法・評価方法などを手取り足取り教え込んでいたわけですが、それでは限界がありました。それをコンピュータ同士で自己対戦させてその結果を学習するという形に変えたのです。コンピュータは短時間に何百万局、何千万局と自己対戦が可能で、そういう自己学習により自力で良い手、優れた手を発見していったそうです。

これは人間も使っている学習方法ですが、学習スピードがコンピュータでは滅茶苦茶に速く、とても人間には太刀打ちできません。とにかく疲れを知らず、飽きることもなく、眠る必要もなく、ただひたすら学習し続け、最初はルールしか知らず恐ろしく稚拙な手を打っていたのに、学習後は名人級の強さになっているのです。「アルファ碁ゼロ」ではそのレベルになるのに数時間しかかからなかったそうです。

目的が明確ならAI

囲碁や将棋ではルールがあって目的が明確です。目的はもちろん「勝つこと」であり、勝敗の判定にも全く曖昧さがありません。こういう場合にはAI流の学習戦略がきわめて有効なことは既に証明されたと言って良いでしょう。

医療の分野でも、特定の狭い分野で目的がはっきりしていればAIは人間を凌駕するでしょう。

例えば「検査データから何の病気か診断する」のはAIが得意とする領域です。きわめてまれで人間の医師が一生遭遇することもないような疾患をAIが正しく診断したとニュースになりました。医学図書館に並ぶ膨大な医学文献のすべてを知識として持つことは、人間には不可能ですがAIには可能です。検査データが不完全でも、複数の疾患を候補に挙げて「疾患Aの可能性〇%、疾患Bの可能性〇%」などと確率表示するなんて芸当もやってのけてしまいます。

AIの画像解析

AIでX線、CT、MRIなどの画像を解析させる試みが進行中です。将来AIがガンを診断する時代が到来するかも知れません。人間では避けられない見落としや誤診などのリスクを減らせると期待されています。

AI囲碁のような学習戦略が有効と考えられ、ガンの画像とガンでない画像を多数学習させてやることで、AIが自分でそれぞれの画像の特徴を抽出し、診断能力を向上させていきます。

問題は「ガンかガンでないか」の正解を教えるのは人間だというところにあります。複数の医師で診断が分かれることも多く、囲碁の場合のように答が明確ではありません。この点が診断率向上の上で壁になっていて、既に9割程度は正答するようですが、まだ人間の代役は無理です。医師の診療補助ツールとしては有用だと思います。

眼科での応用

眼科ではまだAIの利用は研究中の段階です。しかし、眼科では視野やOCTなどAIが扱いやすい数値化されたデータがたくさんあるので、恐らく数年後にはAIの利用が本格化するのではないかと予想しています。緑内障の診断や悪化などを評価する能力は、いずれAIが人間の医師を追い越していくに違いありません。

さらに、AIが画像診断のデータを総合的に評価して、AIと連動したレーザー治療機が半自動でレーザーしてくれる、などという未来が来るでしょう。人間のやることはかなりアバウトですが、機械は高精度です。

人間の医師の役割

AI診療が実用化されると、人間の医師は要らなくなるのでしょうか? 機械だけで診療という未来が待っているのでしょうか?

恐らくそういうことにはなりません。患者さんも機械相手では居心地が悪いからです。機械でなく人間に話を聞いてもらいたいからです。

さらにコストの問題もあります。たとえ技術的には可能であっても、無理に機械化するより人間に任せたほうが安いし上手だし機転も利くという分野はたくさんあるのです。

AI診療は人間の医師に取って代わるものではありません。これはあくまでも道具です。上手に使いこなせば医師の能力を格段に高めてくれる便利な道具です。医師は今後、AIを使いこなし、診療に役立てるスキルを身につけることが求められるようになります。それは病気の知識を覚え込むよりも大事になってくると思います。

AI診療により、経験が浅くても、自分の専門外の分野でも、経験を積んだ名医と同じ診断ができるようになる可能性があります。大病院に受診しにくい地域でも、AI診療が診療水準の地域格差を解消してくれるかも知れません。

(2019.9)