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川本眼科だより

川本眼科だより 264アイフレイルって何? 2022年1月31日

アイフレイルという言葉は今のところほとんどの人には初耳でしょう。でもたぶんこれから耳にすることが多くなる言葉です。

まだ眼科医にとっても馴染みがある言葉とは言えませんが、なぜこういう言葉が使われるようになったのか、どんな問題があると考えられているのか、理解を深めていただければ幸いです。

フレイルって何?

日本老年医学会は加齢に伴う心身の衰えに対して2014年に「フレイル」という用語を定めました。フレイルは Frailtyという英語の訳です。

高齢になると、あまり活動しなくなり、食事の量が減り、筋肉量も減り、気力も低下し、つまり心身の衰えが起こりやすくなります。まだ病気とは言えないとしても、健康的とも言えない中間の状態です。病気の予備軍と言っても良いかも知れません。漢方の世界では「未病」なんていう言い方をするようです。

この状態は今まで名前が付いていなかったのですが、放置すれば病気を発症・悪化させる一方、食生活の改善や運動などの介入により健康を取り戻せる可逆的な時期でとても大事という認識から、フレイルと呼ぶことになったのです。

フレイルになるとストレスに弱くなり、例えば風邪を引いても重症化しやすくなります。1つの病気をきっかけに次々に病気を発症することもあります。筋力が落ちていて転倒しやすく、骨が脆くなっていて骨折しやすく、さらにはケガが原因で寝たきりになることもあります。

フレイル対策は、病気を予防し、重症化を防ぎ、要介護状態に陥ることを避け、死亡率を低下させることになるのです。

「歳のせい」とはどう違う?

加齢に伴う衰えには「歳のせい」という言い方もあります。この言葉には「歳には勝てない」とか「歳だから仕方がない」という諦めのニュアンスがあります。そこで思考を停止してしまって、現状を受け入れて何もしないということです。

フレイルは違います。加齢自体は仕方がないとしても、加齢に対して積極的に対策を取りましょう、加齢と闘いましょう、という意味なのです。

対策は栄養、運動、社会参加

フレイル対策には3つの柱があるとされます。

栄養が第1の柱です。タンパク質を多目にバランスの良い食事を規則正しく取る必要があります。歯や口腔ケアも大事です。

運動が第2の柱です。高齢になると筋肉は落ちやすく回復しにくいので、散歩や体操、ちょっと頑張って筋トレがお勧めです。NHKで「みんなで筋肉体操」とかやっていますよね。

社会参加が第3の柱です。社会とのつながりを失うことがフレイルの始まりだとする分析もあり、友人・知人・近所の人と出かけたり食事をしたり運動したりすることが効果的だとされています。

こういう対策でフレイルに陥らず、フレイルから脱却することができるのです。

フレイル概念の変遷

フレイルは最初は体重減少・筋力低下・身体活動低下などを重視した概念でした。これは今では身体的フレイルと呼ばれます。

ただ加齢に伴う心身の衰えにはいろいろな問題が絡んでいることから、やがて細かく分類するようになってきました。高齢者のうつや認知機能低下などの問題を精神・心理的フレイルと呼び、歯や咀嚼の問題をオーラルフレイルと呼んでいます。社会参加が減り、一人暮らしで孤立し、経済的に困窮することは社会的フレイルと呼びます。それぞれのフレイルはお互いに関係し合っており、総合的に対策することが必要です。

アイフレイルとは

2021年、日本眼科啓発会議は加齢に伴う衰えのうち目に関係した問題をアイフレイルと呼ぶことを提唱しました。

視機能は加齢に伴って衰えます。例えば老眼で手元の文字が読めなくなるのは、加齢によりピントの調節力が低下することが原因です。白内障は加齢により水晶体が着色し混濁することが原因です。緑内障は加齢により生理的にも起こる視神経線維の欠落が異常に加速した状態と考えることができます。眼科の病気の多くは加齢と深く関係しているのです。

当然はっきり発病する前に「病気とまでは言えないが加齢変化がある程度進んだ状態」が存在するわけで、これをアイフレイルと考えることができます。対策としては適正な眼鏡の使用、定期的に検査を受けて異常を早期発見すること、紫外線対策を講じること、必要に応じて目薬を使うことなどが考えらます。

目の病気がフレイルに影響

既に発症した目の病気もアイフレイルと呼ぶことがあります。加齢に伴う目の病気がフレイルを悪化させることが知られていて、重要視されているからです。

例えば白内障は転倒リスクを増大させます。段差に気づきにくくなるからです。高齢者が転倒すると骨折して寝たきりになるかも知れません。白内障手術は非常に効果的なフレイル対策です。

白内障や加齢黄斑変性が認知機能と関連しているという報告も多数存在します。目の病気を治療することがフレイル対策になるのです。

緑内障や網膜色素変性症で視野が障害されると日常生活が制限され、身体活動の低下につながります。フレイルを悪化させるかも知れません。

加齢に伴う1つの問題が次々に別の問題を引き起こしていくという観点からすると、病気とフレイルを厳密に区別する意味はあまりなく、眼疾患もフレイルの因子の1つと捉えることが適切です。

加齢に伴う問題を総合的に診る

アイフレイルという言葉が定着するかどうかはまだ分かりません。眼科医はアイフレイルという言葉が提唱される前から、加齢を意識した診療を行ってきましたし、アイフレイルと言おうが言うまいが、目の病気の治療は一緒です。ある意味、やるべきことは変わらないのです。

ただ、フレイルという概念が登場したことで、今まで病気別にバラバラに考えていた点を反省し、高齢者の健康を社会的側面も含めて総合的に理解しようという気運が高まったことは確かです。

眼科でも、フレイル全体を考慮した上での診察が求められることは間違いないでしょう。高齢者では特に「病気を診ずして病人を診よ」を肝に銘ずべき、ということだと思います。

(2022.1)