川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 7後医は名医 2000年9月30日

A先生のところで1週間結膜炎の治療を受けても全然治らなかったのに、川本眼科で治療を受けたらすぐ治りました。さすがですね。

川本眼科で「結膜炎でしょう。様子をみましょう」と言われて、忙しくて1週間受診していませんでした。痛みがひどくなって、川本眼科が休診だったので、B先生にかかったら、「角膜ヘルペス」と診断されました。最初の診断は誤診ではないですか。

どの医者にかかるかは自由だが

日本の健康保険のシステムでは、どこの医療機関にかかるかは患者さんの自由で、途中で別の医療機関にかかることも簡単です。

セカンドオピニオンを得るにも都合がよいですし、治療に納得できなければ医者を替わるという選択肢があるわけで、患者さんにとっては非常によい制度だと言えるでしょう。

ただ、この場合、はじめにかかった医師と次にかかった医師では、診察をする時期が違うということにご留意下さい。

一般に、変化の激しい急性疾患では、やたらに医者を替わるのは考えものだと思います。

さらに、転医した時点で、それまでに蓄積した検査データは失われてしまいます。大した病気でなければなくても困らないのですが、経過の長い、ややこしい病気だと今までの臨床経過や検査データがないと困ることがあります。

後医は治る頃に診る

冒頭にお示しした第1例では、結膜炎が治ったのはあとで診た医者(=後医)の治療が良かったせい、と患者さんは考えていらっしゃいます。

だがちょっと待って下さい。結膜炎の多くは1週間から2週間くらいで良くなるものです。確かに、前に出ていた抗生物質が効かないと判断して薬を切り替えたせいで改善したのかも知れません。しかし、薬が替わったとかそういうことより、単に回復の時期がきたせいでよくなった可能性も大きいのです。

実際の診療の場では、誤解を解いている時間はないので、「良かったですね」ですませてしまいますが・・・

経過をみる必要のある病気

第2例はどうでしょうか。

ヘルペスの初期は診断が難しいのです。「樹枝状潰瘍」という病変が出現すればだいたい間違いないとされていますが、初期にはそういう典型的な所見が見られません。とりあえず、より頻度の高い細菌感染を考えて薬を出すのは当然で、ただしヘルペスを含めて複数の病気の可能性も考慮しつつ慎重に経過観察することになります。

つまり、初診時から診断を確定させることはできないのです。仮に下した診断が正しいかどうかを確認するため、医師は病状により「翌日受診して下さい」とか「2~3日後に受診して下さい」とか指示するわけです。もちろん、途中で悪化した場合は指示より早めに受診していただく必要があります。

経過中に、診断の決め手となる典型的な所見が出現すれば確定診断をつけることができます。

この場合、患者さんが途中で転医すると、あとで診た医者(=後医)は容易に正確な診断をつけることができます。患者さんにしてみれば、「医者を替えたらすぐに正しい診断がついた。この先生は名医だ」と考えやすいわけです。

内科でも同じ

同じようなことは、眼科以外でもよくあることです。

内科で言えば「かぜ」の場合が典型的だと思います。かぜの症状は、せき、鼻水、発熱、関節痛、頭痛などさまざまですが、こういう症状はいろいろな病気でおこるわけで、かぜに特有な症状とは言えません。ただ、かぜと考えておかしくはないし、とりあえずかぜが最も頻度が高いわけですから、かぜだろうと考えて治療を始めるのは当然といってよいでしょう。経過をみていくうちに、かぜではおかしい、ということになり、例えば「細菌性心内膜炎」だということがわかる、ということになります。

この場合、最初から最後まで同じ医師が診ていれば問題はないのですが、仮に最初はC医師が、あとでD医師が診たとすると、「C医師はかぜと言った。D医師は細菌性心内膜炎と正しく診断した。D医師は名医だ」ということになってしまいます。

つまり、あとで診る医者は、今までの病気の経過を知ることができ、それだけ多くの情報を元に診断をつけることができます。しかも、時間が経つと診断の決め手となる典型的な症状が出現することが多いので、正しい診断にたどり着きやすいのです。

このことを短く「後医は名医」と称しています。

どこの眼科でも治りにくい病気

転医しても、結局治療も大差ないし、症状もほとんど変わらない、ということも多いと思います。

例えば、「ゴロゴロ、ショボショボする」という加齢に伴う角膜障害のケース、網膜色素変性症など有効な治療がない病気のケース、末期の緑内障で視野障害がかなり進行してしまっているケース、等々。

患者さんは、転医すれば改善するのではないかとわらにもすがる気持ちで受診されるわけですが、なかなかうまい方法がなく、気休めで薬を別のものに変えてみる、といったことしかできないことがあります。

この場合は「後医は名医」とは言えませんね。同じ先生に診てもらうほうが、今までの診療情報が生きるのでよいかも知れません。そういう意味ではやたらに転医するのはお勧めできません。

前医を隠さない

やたらに転医するのは勧めない、とはいっても、どうしてもその先生の治療が納得できない場合もあるでしょうし、どうもウマが合わないこともあるでしょう。そういうとき、転医するのは患者さんの権利です。

ただ、その場合、次の医療機関で前にどこの医療機関でどんな治療を受けたかについては正直にお話し下さい。

なぜかどこにかかっていたか隠したがる方が多いのですが、どこにかかっていたかは今までの治療内容を推測するのに重要な情報です。治療を受けていると症状は修飾されているので、そのことが隠されていると誤った判断を下す危険があるのです。

「前の先生に知られるとイヤだから」という方もいらっしゃいます。もちろん必要があれば前の医療機関に問い合わせをすることはありますが、その場合も患者さんの意向を確認してからです。黙って連絡することはありませんからご安心下さい。

前の先生が使っていた薬の確認も重要です。現在はほとんどの医療機関・調剤薬局で「くすりの情報提供書」を渡してもらえるようになりました。これをお持ちいただくと助かります。薬の本体をお持ちになればほとんど調べることはできますが、手間がかかって大変なのです。

よろしくお願いいたします。

2000.9