川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 20医療事故 2001年10月31日

眼科は医療事故に関する訴訟が少ない科です。
 
逆に訴訟が多いのは産婦人科です。
 
しかし、近年眼科でも訴訟件数が増加する傾向にあります。
 
今回は医療事故(医事紛争)の問題を取りあげてみます。

医事紛争は増加傾向

医事紛争が増えています。医療に関する民事訴訟の受付件数だけみると横ばいだそうですが、示談や調停で解決する事例も含めると増加傾向ははっきりしています。
 
医療事故は実際に増えているのでしょうか?
 
医療はどんどん進歩し、高度化していきます。新しい技術を導入する際に事故が増えるというのはありそうなことです。しかし、技術の進歩は安全性を高めるものでもあり、一概に事故が増えるとは言えません。
 
私は、事故件数自体が増えているのではなく、事故が表沙汰になることが多くなったのだろうと考えています。医療事故は当然昔からあったのでしょうが、昔は医師の権威が強く、患者さんやご家族もしかたがないとあきらめていたのだと思います。
 
今日では、新聞・テレビなどのマスコミに医療情報があふれ、一般の方でも最新の医学知識を得ることは容易です。それに伴い、患者さんが医師のやり方に疑問を持ったり不満を感じたりするようになったのだと思います。
 
患者さんの権利意識はかつてなく高くなっていますから、従来は医療の結果に泣き寝入りをしていた患者さんが、今日では自分の権利を主張して裁判に訴えることが多くなたました。
 
また、裁判になったようなケースがマスコミで大きく報道され、医療に対する不信感が強くなっていることも背景にありそうです。
 
医師には厳しい時代になっているわけです。

眼科手術についての紛争

眼科で最近目立つのは、白内障手術に伴うものです。白内障の場合、近年きわめて安全性が向上し、また結果が良いケースが多いので、患者さんの期待が大きいという事情があると思います。日本全体では、白内障手術に関して最近10年ほどで約70件の医事紛争がおこっているそうです。
 
白内障手術で最近一番問題になっているのは細菌による眼内炎です。白内障手術後に感染をおこすリスクは、施設によって当然差があるわけですが、全国平均ではだいたい0.1%くらいのようです。そのうちの大半は抗生物質投与や硝子体手術などの適切な治療により事なきを得ますが、発見が遅れたりして結果が悪いケースもあります。
 
眼科医の側でも、頻度が少ない合併症についてはどうしても油断しがちになるのですね。とくに術後1週間くらいはこまめに診察をして異常を早期に発見することが大事なのですが、何もおこらないことが続くとついつい手を抜いてしまいがちになります。
 
網膜剥離などの網膜の病気に対する手術に伴う紛争もあります。もともと白内障手術にくらべれば難しい手術になりますし、いくら頑張っても失明することのある病気ですから、患者さんが手術結果が悪いことに落胆されることは当然あるでしょう。結果が悪くても納得されている患者さんも多いと思うのですが、医事紛争に発展するのは、説明が不十分など医師の対応がまずく、感情的なしこりが生じてしまった場合のようです。
 
ものもらいの手術に関する紛争も案外多いようです。やはり目立つ所だからでしょう。それに世間では「ものもらいは大した病気ではなく、切ればすぐ治る」と考えられていることが大きいと思います。実際にはしこりが長期にわたり残ることは結構あるので、患者さんの意識との間にずれがあるわけです。

診断に関する紛争

診断が遅れたという医事紛争も結構あります。
 
眼科で多いのは緑内障の診断遅れです。
 
最近では「正常眼圧緑内障」という、眼圧が高くないタイプの緑内障が問題になっており、多くが見逃されていることがわかっています。8割は未発見という推計もあるくらいです。
 
「正常眼圧緑内障」は、眼圧を測るだけでは発見できません。視神経を詳しく検査したり、視野を調べたりすることが診断のために必要なのですが、ふつう初期段階では患者さんからの訴えはありませんから、積極的に検査をお勧めしないと見逃してしまうわけです。
 
背景としては、高齢者では白内障が多く、一度診断するとそのまま漫然と目薬を出すだけになってしまいがちだということがあります。白内障があると、たとえ「見えづらくなった」という患者さんの訴えがあっても、白内障のためと即断してしまいがちです。実際に、そうやって何年も通った後、転医したら「緑内障で手遅れ」と言われて訴訟になったというケースがあります。
 
患者さんにとっては、何年も真面目に通院していて見逃されたのではたまりませんが、患者さんの側も面倒くさい検査は避ける傾向があるので、ついつい詳しい検査をしないままになってしまうことがあるのですね。
 
つねに何か別の病気が隠れていないか、いつもはじめて患者さんを診るつもりで診察する姿勢が医師には求められるわけですが・・・忙しい外来ではなかなか難しい注文ではあります。

医師の説明責任

医師がきちんと説明をしなかったことを理由とする訴訟も増えています。
 
手術の場合など、100%安全というわけにはいかず、通常何らかのリスクを伴います。何かおこれば「そんな話は聞いていない。事前に聞いていればそもそも手術は受けなかった」ということになります。
 
アメリカなどでは、事前に説明がなければ訴えられて医者が負けることから、手術前にはありとあらゆる事故の可能性を網羅した説明書を読み上げ、「事故の危険性を承諾した上で手術に同意する」という形式がとられているそうです。
 
しかし、あまりに内容が膨大すぎて、患者さんは何が大事な点で何が危険なのかよく理解しないままになってしまっているとも言われています。そのため、「訴訟を避けるための形式主義」だと批判されているのですが、ではどういうやり方がよいのかは難しく、解決されていません。
 
私も、できるだけ詳しく説明するように心がけているつもりですが、説明の内容を患者さんが十分に理解しているかどうかは疑問です。その場ではわかったようなつもりになっても、大半はたちまち忘れてしまうというのが実態ではないかと考えております。
 
医師の側では説明したつもりでも、患者さんは理解していない、というすれ違いが医事紛争を増加させている一因になっています。「できるだけわかりやすく、大事な点は繰り返して説明する」ようにすれば医事紛争は減るでしょうが、これまた忙しい外来の中では難題です。説明に時間がかかって他の患者さんの待ち時間が長くなり、苦情をいただくこともしばしばです。
 
患者さんの側に強い思いこみがある場合も難題です。医師がいくら説明しても、事前の思いこみに反することは全く受け入れていただけないことがあります。そんな時はどっと疲れます。
 
・・・というわけで、いろいろ苦労しています。ご理解いただければ幸いです。

2001.10