川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 51遺伝子治療 2004年5月31日

かつて夢物語だと思われていた遺伝子治療が、既に現実のものとなりつつあります。
 
遺伝子治療によって、近い将来「網膜色素変性症」や「加齢黄斑変性症」などの難病に治療の道が開けると期待されています。
 
先日東京で日本眼科学会が開催されました。私も参加して、最新の眼科研究について勉強してきました。最先端のホットな話題をご紹介したいと思います。

遺伝子の異常による病気

遺伝子の異常が原因となっている病気はたくさんあります。「生まれつき」とか「遺伝性」とか考えられてきた病気のほとんどは遺伝子の異常によります。また、遺伝性がはっきりしなくても、実は遺伝子の突然変異が原因になっているという病気が多いこともわかってきました。
 
今までは、どの遺伝子のどこが変化をおこしていると病気になる、ということまではわからなかったわけですが、最近になってヒトゲノム(ヒトが持つ全遺伝子の配列)がすべて解読されたおかげで、病気の原因となる遺伝子が次々にわかってきています。
 
はっきりした遺伝ではなくても、ある種の遺伝子を持っていると発症率が高いという病気もたくさんあります。糖尿病や高血圧では既にそういう遺伝子がいくつも発見されています。緑内障をおこしやすい遺伝子、なんていうものもきっとあるだろうと信じられていて、発見は時間の問題と言われています。

網膜色素変性症

眼科でも、遺伝子の異常が原因になっている病気はたくさんあります。例えば、「網膜色素変性症」という病気です。40歳頃から夜見えづらくなったり(夜盲)、視野が狭くなったり(視野狭窄)することが多く、徐々に進行する病気です。進行のしかたは個人差が大きく、視力障害の程度もさまざまです。
 
この病気の原因となる遺伝子が近年相次いで発見されています。原因遺伝子は1つではなく、たくさんあることがわかりました。同じような変化をおこしていても患者さんによって重症度や進行度が異なるのは、原因となる遺伝子の違いと考えられるようになっています。

今までの治療は効果が不十分

遺伝子の異常による病気でも、薬や手術で治療できる場合もあります。しかし、一般的に治療が難しいことが多いのです。
 
網膜色素変性症の場合ですと、夜盲に対処するためにビタミンAを使ってみたり、少しでも進行を遅らせようと血流を改善させる薬を使ったりしてきたわけです。一応、何もしないよりは進行を遅らせることができるようですが、正直なところそれほど有効な治療とは言えませんでした。

遺伝子治療は根本の原因を治す

遺伝子が病気の原因なら、遺伝子そのものに手を加えることで治療できるはずです。それが可能なら、根本の原因を治す治療になるわけで、画期的な方法と言えるでしょう。
 
そこで、遺伝子治療ということが提唱されるようになったのですが、実験室レベルならともかく、遺伝子をいじって変化させることが実際の臨床で可能とは考えられていませんでした。仮に可能になるとしても遠い将来のことで、今はまだ夢物語と思われていたのです。
 
しかし、技術の進歩は恐ろしいもので、とどまることを知りません。臨床応用を可能にする技術が開発され、ほかに治療法がない場合には既に実際の患者さんにも使われ始めているのです。
 
近い将来、本当に「網膜色素変性症」が治る日が来るのかも知れません。

ウイルスを使って遺伝子導入

理想を言えば、遺伝子の異常があるなら、異常な遺伝子を取り除いて正常な遺伝子に交換したいところです。そういうことが可能なら素晴らしいのですが、さすがに今のところは不可能です。
 
そこで、異常な遺伝子はそのままに、正常な遺伝子を導入する方法が考案されました。遺伝子の導入にはウイルスを使います。遺伝子組み換え技術によって必要な遺伝子をウイルスに組み込み、このウイルスを患者さんの細胞に感染させるのです。ウイルスが患者さんの細胞内に必要な遺伝子を送り込んでくれるというわけです。
 
既に、動物実験では、この方法が有効だということが証明されています。
 
また、ヒトでも、既にいくつもの病気に遺伝子治療が試みられています。
 
ただ、網膜の場合、手術によって、ウイルスを直接網膜下に注射しなければならないので、気軽に治療を受けるというわけにはいかないようです。

今後の予想と問題点

網膜色素変性症のような病気では、ほかに良い治療法がない以上、遺伝子治療の技術は必ず使われるようになると思います。現在日本で一番研究が進んでいる九州大学眼科のグループでは、あと4~5年でヒトに対する臨床試験を始めたいとしています。
 
アメリカでは、「加齢黄斑変性症」という病気に対して、既に臨床試験を始めたそうです。
 
遺伝子の異常が関係している病気は多いので、この技術は非常に応用範囲が広いと予想されます。おそらく、眼科領域でも多くの病気で遺伝子治療が試みられることになるでしょう。
 
ただ、新しい技術だけに、どんな問題点があるかまだ不明の点も多いというのが実情です。ウイルスを使うということで、安全性を心配する人もいますし、環境への影響も懸念されています。
 
実際に臨床試験を始める時には、大学の倫理委員会などで様々な影響を十分に検討してから実施されることになっていますから、大丈夫だとは思いますが・・・。
 
患者さんには福音ですが、後世に憂いを残さないよう、くれぐれも注意して開発を進めていただきたいものです。

2004.5