川本眼科

文字サイズ

小 中 大

川本眼科だより

川本眼科だより 68卒後研修と医師不足 2005年10月31日

2004(平成16)年度から医師卒後臨床研修が必修化されました。これは医師の質を高めるための制度で、必要な改革ではありました。
 
しかしながら、この制度は地方の病院で医師不足を招き、社会問題化しています。
 
何が問題なのでしょうか?

従来の研修医制度

1968年にインターン制度が廃止され、医学部を卒業して医師国家試験に合格すればすぐに医師免許をもらえることになりました。
 
医師免許をとったあと2年間は大学で研修医として臨床の勉強をすることが普通でした。(中には基礎医学へ進み臨床研修をしない人もいます)
 
こういう研修医制度は2004年3月まで36年間続きますが、この制度にはたくさんの問題がありました。
 
卒業後すぐに専門分野を決めて、整形外科医は整形外科で、耳鼻科医は耳鼻科で研修するのが一般的でした。そのため、他科のことを何も知らず、専門以外のことでは簡単な処置もできないと批判されました。
 
また、長い間、研修医の待遇は劣悪なもので、給料は安く、超長時間労働があたりまえでした。例えば、私は研修医のとき月給9万6千円、家内は月給4万5千円でした。しかも、「研修は労働ではない」として労働基準法など全く無視され、早朝から深夜まで激務が続きました。もちろん、何の手当もないサービス残業です。研修医が指導医とともに当直をしても、研修医には手当はつきません。当直でほとんど眠れなくても翌日は普通の勤務が待っていました。ある研修医が過労死し、訴訟にもなりました。
 
給料だけでは生活していけないため、医局の紹介でアルバイトをすることになります。住民検診とか、献血車で問診とか、病院の当直とか、いろいろなアルバイトがありました。比較的安い手当で仕事をしてくれる研修医は便利に使われていたのです。
 
もちろん研修医は経験不足ですから、ヒヤリとすることもあります。実際に、研修医による医療過誤がおこって社会問題となりました。

医師臨床研修必修化

従来の研修医制度に批判が高まり、誰の目にも改革が必要なことがはっきりしました。

「たとえ専門分野でなくても、ごく基本的な事項については身につけておくべきではないのか。」
「研修医が生活のためにアルバイトをするのは問題がある。」
 
こういう声に押されて、2004年4月から新しい医師臨床研修制度が始まりました。
 
新しい制度では、初めから専門の科に行くのではなく、幅広くいろいろな科を回ります。とくに、内科・外科・救急・小児科・産婦人科・精神科・地域保健は全員が1ヶ月以上研修することになりました。
 
こういう制度は良い面と悪い面とがあります。いろいろな科を回って広い視野を獲得できるのは良いことです。反面、1ヶ月や2ヶ月ではとても臨床に十分使えるだけの技能が身に付かないのも事実で、あとあとどれだけ役立つかは疑問です。教える側でもお客さん扱いになりがちですし、極論すれば医学部の生活が2年間さらに延長したようなものとも言えます。専門医としての研修にうまくつながるかどうかもわかりません。
 
アルバイトは全面的に禁止になりました。そのかわり月30万円くらいが保証されることになりました。施設により多少高い低いはあるようです。このことは厚生労働省が音頭を取ってなんとか実現させたのですが、ここで無理をした結果、3年目くらいの医師の給料が研修医より低くなるという問題もおこっています。3年目からは給料が下がった分アルバイトをして稼げということでしょうか。

地方病院での深刻な医師不足

以上のようないきさつを考えれば、研修制度の改革は必然ではありました。しかし同時に、新しい研修制度は地方病院に深刻な影響をもたらしました。
 
卒業後すぐ専門科に入れば、半年くらいでひととおりの診察手技や基本的な処置をこなすことができるようになります。仕事をまかせられる戦力になるわけです。しかし、2年間お客様扱いで各科を回っていると即戦力にはなりません。
 
新しい研修制度は2004年に始まりました。ですから、2006年までは、どの科も、2年間新人が全く入ってこないのです。それどころか、新制度での研修のために中堅・ベテランの医師の手が取られることになりました。
 
この人手不足を補うため、大学病院は地方病院に出向していた医師を大学に呼び戻しました。
 
さて、困るのは医師を引き上げられた地方病院です。医師の確保がままならず、立派な施設がありながら、医師不足のためとうとう診療中止に追い込まれた部門も出てきました。
 
また、研修医のアルバイトが全面的に禁止されたために、夜間や休日の当直医が確保できなくなって困っているようです。

産婦人科や小児科で深刻な不足
 

医師不足は科によってずいぶん異なります。産婦人科・小児科・救急などで影響は深刻でした。
 
例えば、産婦人科はここ数年なり手が減っています。訴訟が多い、当直が多い、少子化で先が見えない、などの理由です。それで潜在的に医師不足になっていたところに新しい研修制度が直撃しました。大学病院への医師引き上げにより、産科病棟が閉鎖され、自分の町でお産ができないという事態が、全国あちこちで起こっています。
 
小児科でも人手不足は深刻です。小児の救急を扱う病院が少なくなって、地域の基幹病院に子供の救急が集中するためにパンク寸前という話も耳にします。救急なのに3時間待ちなんてことがおきているそうです。

2006年以降も地方では医師不足

2006年になれば再びそれぞれの専門科に新人が入ってくるので、現在の深刻な人手不足は徐々に解消されていくだろうと言われています。
 
ただ、いちど閉鎖された地方病院の診療科がはたして再開できるかどうかはわかりません。
 
なぜかというと、新しい研修制度では、大学病院を敬遠して都市部の大病院(例えば中京病院や八事日赤など)での研修を選ぶ研修医が多くなっているからです。かつては医学部卒業生の8割くらいが大学で研修したのに、今年は5割以下になってしまっています。
 
今まで、大学が医局員を多少無理をしてでも地方病院に派遣することで、なんとか地方での医療が成り立っていました。大学の医局員数が減ってしまうと、当然地方病院に医師を派遣する余裕はなくなります。
 
医師の数は、全体としては足りているそうです。しかし、地方での医師不足、特定の科での医師不足は、まだまだ続くようです。

2005.10