川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 54治験(ちけん)ができない! 2004年8月31日

欧米各国で登場した画期的な新薬が、日本では何年間も使えないという、深刻な事態をご存じでしょうか?
 
原因は、「治験(ちけん)」(=新薬開発のために人間に投薬する臨床試験)が、日本ではなかなか進まないためです。
 
新薬を開発するには治験を実施しなければなりません。治験に参加する人を増やし、治験の質を高めるには、治験に積極的に参加する患者さんが得になる仕組みが必要だと思います。

治験とは?

薬になりそうな物質が見つかると、まず、試験管の中でその性質がいろいろ調べられます。
 
次に、動物実験により、安全性・効果・副作用などが詳しく検討されます。
 
しかしながら、動物と人間はやはり異なる点が多いので、最後は、実際に人間に投薬して確認することがどうしても必要です。
 
人間を対象に試験をすることを「臨床試験」と言いますが、その中でも、新薬開発のために人間に投薬する臨床試験のことを、とくに「治験」と言っています。治験は正常人ボランティアに対する投与から始められ、安全性を確かめた後で患者さんに投与されます。

治験に参加する人が少ない

現在、日本では、治験に参加する人が少なく、製薬メーカーはどこも困っています。
 
いち早く新薬を使ってみることができるとか、説明や検査を丁寧にしてもらえるなどのメリットもあるのですが、一般に『治験=人体実験』という悪いイメージがあり、たとえ危険性などほとんどなくとも

「研究用のモルモットにされるみたいで嫌だ」

「そんな得体の知れない薬は使いたくない」

「医師が何か隠していて、後で大きな不利益を被るのではないか」

「君子危うきに近寄らずで、やめておこう」

などと、治験に対して強い警戒感が示されることが多いのです。別にはっきりした根拠はないわけですが、昨今マスコミ報道などで増幅された医療不信を背景に、よくわからないことは敬遠しておこうという心理が働くのでしょう。
 
十分に説明すれば納得していただけるかというとそうでもありません。むしろ、詳しく説明すればするほど、かえって疑心暗鬼を生んでしまう傾向があります。
 
ですから、従来、治験に関する説明は、簡単に済まされることが多かったのです。

「新しいお薬を使っておきましょう。まだ日本では売られていない薬ですけど、よく効くと言われているし、心配いりませんよ」

このくらいの説明で、口頭で承諾を得たということにしていました。
 
ところが、1998年から、治験を実施する場合は文書で説明し、文書で同意を取らなければならないというルールができました。当然のことではあるのですが、ものものしすぎて患者さんの警戒感がいっそう強くなり、これで治験参加者はぐっと減ってしまったのです。

新薬が出せない!

治験は新薬開発のためには絶対に必要なことであり、その重要性は言うまでもありません。
 
治験参加者が少なければ、新薬の開発は滞り、なかなか薬が使えるようになりません。
 
純粋な新薬だけでなく、欧米で先行して開発された薬でも、日本で販売する場合は、日本でもう一度治験をやり直さなければなりません。そのため、欧米では既に標準的な治療法が、日本では使えないという問題もおこっています。
 
そのうえ、日本の製薬メーカーが新薬を開発するにもかかわらず、欧米での治験を先行させるケースも出てきました。この場合、日本のメーカーの薬でありながら、日本で使えるようになるのは欧米より数年遅れになってしまいます。
 
困ったことですね。

医師の手間がかかりすぎる

私(院長)も、病院勤めをしていた時は、多くの治験に関わりました。たいていは、教授や部長が引き受けた治験の下請けです。製薬メーカーから小額ながら謝礼があり、不足している医局の研究費を捻出するため、せっせと治験薬の使用をお勧めしていました。(ただし、実際に努力している治験担当者は1円ももらえません)
 
しかし、開業後は、治験を何度か頼まれたのですが、ほとんどお断りしてきました。
 
なぜかというと、治験をお勧めするには十分な時間をかけて利益・不利益を説明する必要があるのですが、忙しい外来の合間にきちんと説明するのは実際上無理なのです。時間をかけて説明しても断られることが多いですし、そうなると無駄骨折りの上に、たくさんの患者さんを長時間お待たせすることになります・・・開業医としては、これではやっていられませんね。
 
欧米では、治験に関しては、「治験コーディネータ」がいて、患者さんに対する詳しい説明を引き受けてくれます。30分でも1時間でも患者さんが納得するまで対応するのです。
 
日本では、一部の大病院を除いて治験コーディネータはなく、医師が自分で説明するしかありません。手間がかかりすぎるため、多くの医師が、そもそも治験を引き受けなくなりました。

患者さんにも利益を

アメリカでは、全く医療保険に入っていない人がかなり存在します。治験に参加すれば、薬だけでなく検査費用も無料になることが多いので、治験は魅力的な選択肢になります。
 
日本では、国民皆保険が実現しているため、もともとそれほど医療費の支払いが高額になることがありません。ですから、治験で製薬メーカーが医療費を負担するといってもそれほどありがたくはありません。
 
金銭的には、治験に参加された患者さんに謝礼を支払うことが考えられています。それも確かに1つの方法でしょう。しかし、金銭によるインセンティブでは、治験に参加する人が偏る危険があります。
 
治験参加者を優先にして、待たずに診療を受けられるようにするというのも1つの方法です。混雑した日本の外来では、患者さんに大いにアピールするのではないでしょうか。
 
多くの患者さんに積極的に「治験に参加してみよう」と思わせるような魅力が、今の治験には欠けているのだと思います。

2004.8