川本眼科

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川本眼科だより

川本眼科だより 42白内障の薬は効くの? 2003年8月31日

厚生労働省の「科学的根拠に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究班」が報告を出し、先日の白内障学会でも発表されました。内容的には常識的なものであり、眼科医にとっては目新しいものではありません。
 
しかし、この報告を読売新聞が6月24日朝刊で「白内障薬 効果なし」という見出しで大々的に報道したことで騒ぎとなりました。読売新聞は抗議を受けて、25日に「この見出しの『効果なし』は『科学的根拠なし』に訂正します」と小さな訂正記事を載せましたが、日本経済新聞や中日新聞なども追随記事を載せたことなどから波紋が拡がっています。
 
このことについて、川本眼科としての見解を説明させていただきます。

 

白内障薬は今まで通りでよい

結論から申し上げると、研究班の報告には特に新しい知見や判断はなく、川本眼科の従来の考え方とだいたい同じだと言えます。
 
ただし、読売新聞は、この報告を間違って解釈して「効かないから使わないほうがよい」かの如くに報じていますが、私をはじめ大多数の眼科医の意見は、「従来通り、白内障薬を使い続けることを推奨する」というものです。
 
研究班の班長を務めた増田寛次郎東大名誉教授(私が東大の医局にいた時の恩師です)も、学会で「私自身、今後も白内障薬を使い続ける」と明言されています。

白内障診療ガイドライン

厚生労働省は、数年前からEBM(エビデンスに基づく医療)を推進するという方針を打ち出しています。「科学的根拠に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究班」もその一環です。

研究班の報告は、6月末に開かれた白内障学会で発表されました。
 
この報告では、「白内障薬の効果について過去の臨床試験データを今日の基準で検討したところ、有効性が十分証明されているとは言えない」と述べています。この報告自体は眼科医として常識的な内容であり、十分納得できるものです。
 
注意していただきたいのは、この報告が白内障薬の効果を否定したわけではないことです。

科学的根拠がない≠効かない
 

「科学的根拠がない」と言えば、ふつう強い非難の言葉です。人の発言に対して使われれば「そんなことは迷信だ」とか「あんたの言っていることは間違いだ」とだいたい同じ意味だと思っていいでしょう。薬に対して使われれば、「そんな薬は効かない」という意味だと一般の方は思うのではないでしょうか。
 
おそらく、読売新聞社も同じように考えたに違いありません。だからこそ、当初「白内障薬 効果なし」という見出しで報道し、抗議の声を受けて間違いに気づき、訂正したのです。
 
「科学的根拠」というのは、厚生労働省が英語の「エビデンスevidence」という言葉の訳として採用したものですが、「科学的根拠」と「エビデンス」では語感が異なり、私はこの訳は間違いだと思っています。
 
「エビデンス(科学的根拠)がない」と「効かない」は決して同じではありません。
 
エビデンスについては、2001年1月の川本眼科だより10「EBMって何?」で取り上げました。医師の主観によって治療方針が異なるのでは科学的とは言えません。そこで、「科学的に厳密な方法で検証された診断や治療の根拠」に基づいて診療していこうとい考え方が提唱されました。この診断や治療の根拠のことを「エビデンス」と言います。

エビデンス≒ランダム比較試験

薬について「エビデンス」という言葉を使うときは、だいたい「ランダム比較試験」をしたかどうかを意味します。
 
ランダム比較試験では、試験する薬Aと、比較対照のための薬Bを用意し、どの患者さんがどちらの薬を使うか無作為に(ランダムに)割り当て、患者さんにも医師にもどちらを使ったかわからないようにして、その効果を比較します。
 
薬には、プラセボ効果というものがあって、中身がただの砂糖でも、「よく効く薬ですよ」と言われて渡されると、実際に症状が改善することがあるのです。また、医師の側でも、薬を使っているから効くはずだという先入観が効果判定に影響することがあります。そこで、本来の薬の効き目を調べるために、今日ではランダム比較試験が必須だとされているのです。
 
しかし、昔はランダム比較試験は要求されませんでした。そのため、かなり古く認可された薬の場合、ランダム比較試験をしていないので、「エビデンス(科学的根拠)がない」ことになります。
 
白内障の薬はいずれも、認可の時期が古く、ランダム比較試験はしていないので、「エビデンスがない」とされたのです。
 
しかしながら、これは白内障薬だけの問題ではありません。認可の時期が古い薬はすべてエビデンス(科学的根拠)がないことになります。あるいは、漢方薬はすべて、ランダム比較試験をしていませんから、エビデンス(科学的根拠)はありません。
 
最近認可された薬でも、本来小児に対しては別に臨床試験を行って効果を確認しなければならないことになっていますが、小児に対しての臨床試験はほとんどされていないのが実情で、よって最新の薬でも、小児に対する使用に関してはエビデンス(科学的根拠)がありません。
 
エビデンスがないからと言って、こういう薬を使うなという医師はいません。使わなければ治療の選択肢が非常に狭くなり、困るからです。

白内障薬の効果は不十分だが

白内障薬については、今回の報道とは別に、以前から「効果が不十分だ」ということは言われてきています。
 
白内障は水晶体が混濁する病気ですから、その治療薬としては、当然、「水晶体の混濁が軽減ないし消失する」ことが期待されます。ところが、現在の白内障薬を使っても、水晶体の混濁はなくなりません。現在、一般に認められている効果は「放置したのに比べれば進行が遅くなる」に過ぎません。また、効き方に個人差が大きいとも言われています。
 
白内障の手術療法がこれだけ進歩した今日では、「いざとなれば手術すればいいのだから、この程度の効果の薬を使う意味はあまりない」という意見があるのはわかります。特に、白内障手術を自分でバリバリやる先生方ほど、そういう意見に賛成することが多いですね。
 
しかし、患者さんにしてみると、「できるだけ手術なんかしたくない」と考えるのは人情です。進行が遅くなる程度の効果であっても、目薬をさしたいと考える患者さんは多いのです。
 
少なくとも、ブルーベリーに飛びついたり、めぐすりの木のお茶をのんだり、得体の知れない健康食品を購入するより、ずっと良いのは間違いありません。そういうたぐいの民間療法は、それこそ「科学的根拠がない」わけです。
 
白内障薬はきちんと臨床試験をして、厚生労働省が認可をして、薬の再評価も受けて効能を確認していることを強調しておきたいと思います。

2003.8