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川本眼科だより

川本眼科だより 200なぜ緑内障は末期まで自覚症状がないのか 2016年9月30日

緑内障の目薬を勝手に止めてしまう人が多いことが明らかになりました。

なぜ止めてしまうかというと、緑内障には末期になるまでほとんど自覚症状がないからだと思います。痛いとか目がかすむとか何らかの自覚症状がないと自分が病気だという認識を持ちにくいのです。

それだけ緑内障は、理屈を分かっていただき、頭で理解する必要があるわけです。今回は緑内障で自覚症状が出にくい理由についてご説明いたします。

緑内障点眼の継続率は6割!

9月16日~19日に横浜で日本緑内障学会が開催され、家内と私も土曜の診療が終わってから参加してきました。本当は初日から参加したいのですが、あまり休診が多いと患者さんに怒られてしまいます。

学会での発表によると、緑内障と診断されて目薬を差し始めた人のうち、1年後も目薬を継続している人は6割しかいないそうです。つまり4割の人は目薬を中止してしまっているという空恐ろしい実態が明らかになりました。さすがに衝撃的です。これは診療報酬請求のデータから解析した結果で、つまり、ほぼ正確な数字です。

以前から緑内障の目薬は継続率が低いとは言われてきました。ただ従来のアンケート結果などでは中断は2割程度と報告されていました。考えてみれば、アンケートでは、全く受診しなくなって姿を消した人は母集団に含まれないので、実態はもっと悪くて当然です。

なぜ点眼を中止してしまうのか

中断理由はアンケートによると「大した症状がなく困っていない」「継続受診が面倒」「治療効果が実感できない」などとなっています。自覚症状がないために、つい病気を軽視してしまう傾向が見て取れます。

恐らく、点眼を中止することで病気が進行するリスクについてはあまり理解していないと想像されます。医師はその点を必ず説明しているはずですが、患者さんの頭にしっかり刻み込まれてはいないということでしょう。最初に説明を受けたときには分かった気になっても、時間が経つにつれ説明内容も忘れ、危機感も薄れるというのもありがちなことです。

視野異常は自覚しにくい

緑内障は、脳に視覚情報を伝達する神経線維が減少して情報が伝わらなくなり、視野が欠損する病気です。神経線維は再生しないのでその変化は不可逆的で、悪化することはあっても良くなることはありません。※実は特別な条件下では再生します

視野障害は加齢により徐々に進行します。眼圧が高いと視野障害が進行するスピードが速いことが証明されています。眼圧を平均で1mmHg下げることができれば視野の悪化リスクを10%軽減させることができるとされています。

初期には視野障害を自覚することはありません。相当に進行して末期になるまで自分では気づきません。これはなぜなのでしょうか?

絶対暗点ではなく比較暗点

緑内障のパンフレットを見ると視野が欠けた部分が真っ黒に表示されていることが多いのですが、これが誤解の元になっているように思います。

緑内障初期の視野障害は「絶対暗点」ではなくたいていは「比較暗点」です。すなわち、完全に真っ暗で見えないわけではなく、十分に明るければ見えるのです。もちろん進行すれば絶対暗点になります。

脳が自動的に暗点を補完

人間の視覚はビデオカメラとは異なり、脳が相当に情報処理をしていることが分かっています。輪郭を強調したり、色や明暗を調整したりしています。当然、生活に便利なようにできているわけですが、条件によっては錯視現象を引き起こすことも知られています。

暗点があっても、隣接する点の視覚情報を利用して脳が自動的に補完する仕組みがあるので、暗点は意識にのぼりません。例えば、人間には誰でも生理的暗点(マリオット盲点ともいう)というものがあるのですが、ふだんの生活では誰も暗点が存在することを意識していません。

この仕組みは、暗点で直線が途切れて2本に見えたりする不都合を解消していると考えられます。実に巧妙で驚嘆すべき視覚情報処理と言えますが、この仕組みがあだとなって、緑内障の視野障害は自覚しにくくなっているわけです。

両目で見ると視野を補い合う

もう1つ、暗点を自覚しにくい原因があります。人間は両目でものを見ているので、片目に暗点があっても、反対側の目で見えていれば不自由は感じないのです。

広範囲の視野欠損があるのに右眼の視野と左眼の視野が上手い具合に補っている人がいます。本人の生活上は便利ですが、このために暗点の存在を自覚しないことになります。この人がときどき片目ずつ見え方を確認すれば、視野欠損を自覚できるかも知れません。

徐々に起きる変化には鈍感

人間は急激に起こる変化には敏感ですが、徐々に起こる変化には鈍感です。緑内障の視野欠損は多くの場合きわめてゆっくりと、何十年もかかって進行していくので、視野が相当に狭くなっていても気づかないのです。

多少変だなとは感じても、歳だから仕方ないなどと考えてしまうことが多いようです。

対策は

自覚症状がなくても眼科に通い点眼を継続するには、患者が緑内障という病気を理解し、受診の必要性を納得するしかありません。ですから私は、緑内障の患者さんにはたとえ外来が混雑していてもできる限り時間を割いてどんな病気か説明するようにしています。また、いくら説明しても時間が経つと忘れてしまうのも避けられないので、折に触れて説明を繰り返す努力をしています。その甲斐あって、川本眼科では緑内障の受診継続率は比較的良好だと感じています。

ただ、医師は受診する患者にしか対応できません。全く受診を中止してしまうと医師には何もできません。ですから、受診を継続することが最も大事だと思います。

多忙とか失念とか気分の落ち込みとか、様々な理由で受診間隔が空いてしまうことは、よくあることで仕方ありません。しばらく受診していないと敷居が高くなり、ますます受診しにくくなると聞いたことがあります。

ですから、私は、受診間隔が空いたことをなるべく咎めないようにしています。患者指導は必要なことではあるのですが、よほどソフトに柔らかく話さないと患者さんには「怒られた」という負の印象だけを残す結果となりますから。

(2016.9)