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川本眼科だより

川本眼科だより 224眼内レンズの度数決め 2018年9月30日

白内障手術では、濁った水晶体を取り除き、人工の「眼内レンズ」に取り替えます。濁っていたレンズが透明なレンズに替わるので良く見えるようになるわけです。

眼内レンズはメガネやコンタクトと同様に度数がいろいろあり、手術前にどういう度数のレンズを入れるのか決めなければなりません。その際に患者さんのご希望を伺うのですが、説明を聞いてもよく理解できず迷ってしまう方も多いようです。

今回は眼内レンズの度数を選ぶ際の考え方についてご説明いたします。

「遠く/近く」の誤解

眼内レンズを選ぶ際に患者さんは希望を聞かれます。「遠くが見えるようにしましょうか、それとも近くが見えるようにしましょうか?」

患者さんは答えます。「いや、そんなに遠くなんか見ないから、近くに合わせてくれ」

さあ、このやり取りをもとに「近く」に合わせてしまってよいのでしょうか? たぶん、患者さんは誤解していらっしゃいます。医師が想定している「遠く/近く」と患者さんが考える「遠く/近く」は大きく異なっているのです。

医師の言う「近く」は字を読んだり書いたりする距離、だいたい30cmくらいを想定しています。1m以上離れた距離は「遠く」です。例えばテレビを見る距離は「遠く」です。近くが見えるように合わせるというのは「近視にする」という意味です。近視にした場合、裸眼で字が読めると期待できますが、テレビを見るときには近視のメガネをかけなければなりません。そう説明すると驚かれる方のなんと多いことか! 要注意です。

遠視・正視は -0.5ディオプター狙い

元々が遠視・正視の方には「遠方重視」をお勧めしています。遠方というと 100mも先の景色を思い浮かべる方が多いのですが、そうではなく、「テレビが見やすいようにしておきましょうか」という意味です。

専門的には-0.5ディオプター(=2mにピント)を狙います。これでだいたい1mから無限遠までの範囲が見えます。字を読んだり書いたりする際には老眼鏡が必要になりますが、それは手術前も老眼の方には当たり前のことなので、通常さほど苦にはならないようです。

近視は -2ディオプター狙い

元々が強い近視の方には「今よりは弱い近視」をお勧めしています。

近視をほぼなくして裸眼で遠くが見えるようにすることも可能なのですが、実際にやってみると「近くが見えなくて困る」という苦情が出ます。近視の人には近くが見えることは当然で、当然のことができなくなると人は苦痛を感じるのです。

逆に近視の人にとっては遠くがボケるのは当たり前なので、そんなにしっかり見えなくても今までよりはボケが少なくなれば喜んでもらえます。

専門的には-2ディオプター(50cmにピント)を狙うことにしています。これで新聞くらいなら裸眼で読める人が多いからです。遠くは近視が残ってボケているのですが、部屋の中なら生活には困らないと言ってメガネなしで済ます人もいます。

あとはメガネで矯正

あとはサジ加減です。ご希望を勘案して度数を微妙にずらします。ただ、遠くが見やすくなれば近くは見えづらくなりますし、近くが見やすくなれば遠くは見えづらくなります。妥協が必要です。

もっとよく見たいときはメガネをかけて下さい。「メガネがなくてもそんなに困らない」を目指してはいますが、手術後メガネは必要に応じてかける必要があることはご了解下さい。

誤差は出ます

眼内レンズの度数は狙い通りピッタリとはいかず、誤差が出ます。メガネを合わせるのに比べると不正確です。もちろんなるべく正確になるよう努力はしていますが、結果的に多少のずれが生じてもお許し下さい。

どうして不正確になるのでしょうか?

眼内レンズの度を決めるには、眼の奥行きの長さや角膜のカーブなど何ヶ所か測定し、人間の眼の標準モデルを想定して作られた計算式にその測定値を代入して求めます。

測定には誤差がつきものです。特に白内障が進むとレーザー光が通らないので超音波を使って測るのですが、どうしても誤差が大きくなります。

また、人間の眼の形状は千差万別で標準モデル通りではありません。特に近視が強い方では眼球の形状が相当いびつになっているので誤差が大きくなります。

誤差は±0.5ディオプターに抑えることを目標にしています。工夫を重ね、機械を最新鋭のものに買い替えるなど努力した結果、以前に比べて誤差は減ってはいますが、今でも予定より大きくずれてしまうこともあります。

乱視は残ります

遠視・近視の度数については上手くいっても、乱視は残ります。乱視がある程度以上に強い場合は「乱視矯正用眼内レンズ」を使います。ただ、これは「乱視が全くなくなるレンズ」ではありません。「乱視をある程度軽減するレンズ」ですので、限界があるとご承知ください。

誤差や乱視にはメガネで対応

誤差が出たぶん、乱視が残ったぶんは、メガネで矯正することで対応することになります。もちろん「これくらい見えればOK」と思えれば作る必要はありません。

なお、メガネでは矯正できない乱視(不正乱視とか高次収差とか呼ばれる)もあります。

多焦点眼内レンズの評価

遠くも近くも裸眼で見たい場合、「多焦点眼内レンズ」という選択肢があります。遠近両用というわけですね。

私はこのレンズを積極的には推奨していません。むしろ、メガネをかけることに抵抗感がないなら、普通の(=単焦点の)眼内レンズをお勧めします。 普通の眼内レンズにしておいて、きちんと合わせたメガネをかけたほうが遠方も近方も良く見えるからです。

多焦点眼内レンズは、1枚のレンズで2ヶ所にピントを合わせるために無理をしていて、コントラスト感度の低下(濃い黒ならわかるが薄い灰色の字が読みにくくなる)、ハロー(光のまわりに輪が見える)、グレア(光が散って花火のように見える)などが起こります。「多くの人にとっては我慢できる範囲内」と言いますが、実際には我慢できない人もいます。

多焦点/単焦点は一長一短で、多焦点が圧倒的に優れているとは思いません。それなのに多焦点にすると自費診療となって何十万円もの費用がかかるのです。(先進医療特約付の生命保険/医療保険なら給付金の対象になる場合があります)

しかも様々な理由で屈折度数は変化する可能性があります。メガネなら度を合わせ直せばよい訳ですが、一度挿入した眼内レンズは簡単には取り替えられません。多少見えづらくなっても裸眼のままで我慢するか、仕方なくメガネをかけるかの選択になります。(大金を払ったのに・・)

結論。多焦点眼内レンズは「見え方の点である程度我慢したり妥協したりしてもよいから、どうしてもメガネをかけたくない方」に適しています。メガネをかけてもよければお勧めしません。

(2018.9)