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川本眼科だより

川本眼科だより 258HPVワクチンの今 2021年7月31日

HPVワクチンは日本だけ接種率が上がらず、世界から大きく取り残された状況です。30~40年後には多くの国で子宮頸癌が激減すると期待されているのに、日本だけは毎年年間2800人もの女性が子宮頸癌で命を落とし続けることになります。

しかし、日本でも最近HPVワクチン接種再開の機運が高まってきました。従来より効果が高い9価のワクチンが今年使えるようになりました。世界では男性への接種を始めた国もあります。

HPVワクチンとは

HPVはヒト・パピローマ・ウイルスの略語で、150種類以上あり、性的接触で感染します。

ほとんどの人が感染するありふれたウイルスで、女性にも男性にも感染しますが、感染してもすぐには何も症状はおこらず、そのうちにウイルスが排除されてしまう場合もあります。

HPVウイルスが排除されず長期に感染が続くとがんを起こす心配があり、13種類で発がん性が確認されています。子宮頸癌、肛門がん、膣がん、陰茎がん、中咽頭がん、尖圭コンジローマなどの病気の原因になります。HPVに感染してから何年も何十年もたってから発症するのです。

HPVワクチンはHPVの感染を防ぎます。3種類あって、サーバリックスは子宮頸癌の主な原因であるHPV16/18型に効き(2価)、ガーダシルは16/18/6/11型に効き(4価)、シルガード9は 16/18/6/11/31/33/45/52/58型に効きます(9価)。

当然多くの種類のHPVに対応できる9価のシルガード9が最も予防効果に優れていて海外では主流になっています。ただ日本では2価・4価ワクチンしか公費助成が受けらません。早期に9価も公費助成の対象にしてほしいところです。

接種する年齢は

HPVワクチンは感染後に接種しても効果がありません。したがって性経験前の接種がお勧めです。ある報告によると、子宮頸癌になるリスクは10~16歳女子で88%減少、17~30歳で53%減少しました。若年接種のほうが効果的です。

もちろん、何歳だろうと未感染ならワクチンは有効です。例えば、HPV16型に感染していても18型には未感染ならワクチンを接種すべきです。米国では接種対象を45歳まで拡大しました。

接種を申し込むには

名古屋市では小6~高1の女子は公費で(つまり無料で)サーバリックスかガーダシルのどちらかを接種してもらえます。自治体により対象年齢などが若干異なります。

有料なら希望すれば年齢制限なく接種可能です。2価や4価のワクチンなら3回で計約5万円です。9価のシルガード9は3回で約10万円です。

産婦人科や一部の内科・小児科で接種してもらえますが、産婦人科でも接種をしていない施設もあるので、あらかじめ電話で問い合わせて下さい。

男性にも接種を

HPVワクチンは子宮頸癌予防を第1の目標として開発されました。子宮頸癌は発症率も死亡率も高いからです。女性に接種するのは当然です。

しかし、HPVは性感染症ですから、男性にも接種して男性の感染も防いだほうが、子宮頸癌を予防するにはより効果的です。それに、頻度が少ないとは言えHPVは男性にもがんを起こすので、男性にもがん予防のメリットはあるのです。

男性への接種が最も普及しているのはオーストラリアです。最初は女児のみに接種していましたが、2013年からは男児にも公費での接種を始めました。接種者が増えると接種しない人でも感染することが減ります。積極的なワクチン接種政策の結果、オーストラリアでは2030年頃までに子宮頸癌は激減すると予測されています。

日本だけ極端に接種率が低い

世界的にHPVワクチンは9~14歳の女性に優先的に接種されています。ノルウェーやオーストラリアでは対象年齢の約9割が接種を受けています。多くの先進国では7割から8割、米国はやや遅れていましたが今では6割くらい、同じアジアの韓国でも7割を超えています。

ところが、日本だけが何と接種率1%未満という信じがたい状況です。それは2013年に厚労省が「HPVワクチンの定期接種を積極的に勧奨すべきではない」という通知を出したからです。この通知は事実上ワクチンの危険性を国が認定したものと受け取られ、現在に至るまでワクチン接種はほとんど行われなくなったのです。

ワクチンを打たなければ将来のがん死を救えません。救えるはずの命を見殺しにしているのです。ほとんど犯罪的と言っても過言ではないと私は思います。

副反応を過剰に恐れないで

コロナワクチンでもそうでしたが、日本人はワクチンの副反応を過剰に心配する傾向があります。

これはマスコミに大きな責任があり、1例でも「ワクチンとの因果関係が否定できない重大な有害事象」が出ると、ワクチンが犯人という憶測で大騒ぎして不安を煽ります。一方でワクチンの必要性についてはほとんど語らないのです。

普通の人は、そういう報道に接すれば、どうもワクチンは危ないらしいと不安になり、接種はやめておこうという気持ちに傾くのは人情です。

しかし、20の臨床試験を統合解析したコクランレビューで安全性は確認され、WHOは「HPVワクチンはきわめて安全」と結論づけています。さらに、子宮頸がんワクチン被害者連絡会が要望して名古屋市が調査した疫学調査では、接種後に起こったと報告された24の症状は、接種していない女子にも起きており、しかも、発症率は統計的に有意差がないことが判明しました。つまり嫌疑の大半は濡れ衣のようなのです。

がん死リスクと副反応のリスク

それでも副反応のリスクはゼロではありません。ワクチンを打つべきか否かは、がん死のリスクと副反応のリスクをきちんと評価し、両者を天秤にかけて決める必要があります。

HPVワクチンの副反応で重篤なものの頻度は10万人あたり51人です。子宮頸癌の発症は推計で859~595人減少し、子宮頸癌によるがん死は推計10万人あたり209~144人減少します。(厚労省)

間違いなくHPVワクチンの有効性はリスクをはるかに上回ります。問題は副反応は今起こるのに対し、がん死は10年も20年も先のことだということでしょうか。

風向きが変わった

厚労省はHPVワクチンについて訴訟になっていることから、接種を積極的に進めることに及び腰でした。しかし、日本の現状を憂う専門家から繰り返し警鐘が鳴らされたことから、昨年10月と今年1月の2回にわたり、全国の自治体に対して、HPVワクチン定期接種対象の女児と保護者にワクチン接種の案内をするよう通知しました。

風向きが変わったようです。今後ワクチン接種が加速し、いつの日か子宮頸癌が撲滅される日が来ることを願っています。

(2021.7)