院長のつぶやき 患者さんが納得する理由 2005年4月29日
患者さんに、十分な説明をすることが大事な時代になった。
どんな検査をするにも、治療をするにも、患者さんの納得は欠かせない。
納得していただくためには、説明をする。説明は、もちろん科学的に
正しいことが大前提である。間違いを説明していたら、医者とは言えまい。
問題は、理屈の上で正しいことを説明したからといって、患者さんに納得
していただけるとは限らないということだ。
患者さんは、医師の説明をそれほどしっかり聞いているわけではない。
その場では理解できた気になっても、しばらくすると忘れてしまう。
どれほど理論的に精密に話をしたとしても、それで患者さんが納得する
とは限らない。
納得するかどうかは、理性より、感性によるところが大きい。
例えば、手術するかどうかの決断も、実はどれだけ細かく説明したかで
決まるわけではない。最後は、その医師を信用するかどうかで決まるのだ。
往々にして、若い医師の説明は、たとえ医学的に正しくても信用されず、
そのために手術を納得していただけないこともある。院長や部長が出て
くれば、内容的には全く同じ話であっても、納得していただけることが多い。
私は以前、大事なことを説明したパンフレットをせっせと作った。
外来診療の短い時間では説明しきれない細かいことまで書いておける。
こちらも何度も同じことを説明する手間が省ける。
良いことずくめだと思った。
しかし、しばらくして思い違いに気づいた。たとえ、パンフレットを渡しても
患者さんはそれだけでは決して満足しない。そもそもパンフレットなんて
ほとんど読まない人も多い。
大半の患者さんは、細かいことまで説明できなくとも、医師から直接口頭で
説明を受けることを好む。万人向けに書かれた文書を読むより、自分の
ためだけに話してもらったほうがうれしいのだ。
それに書いたものは、一人歩きしてしまう。全体の文脈を離れて一言半句
を取り上げて誤解・曲解されてしまう。相手の反応を見ながら口頭で説明
すればそういうことはおきない。
こちらの表情や態度もコミュニケーションに役立つ。
だから、たとえ、何度も同じことの繰り返しであっても、患者さんごとに
きちんと口頭で説明したほうがよいのだ。
誤解を恐れずあえていえば、説明の内容すら実は一番大事な問題とは
言えない。患者さんにとっては、医師が自分のためにどれだけの時間を
割いてくれたか、どれだけ一生懸命説明してくれたかが重要なのだ。
ときには、説明そのものよりも、患者さんの話を親身になって聞くことのほう
が大事だったりする。医師が真に患者さんのためを思って検査や手術を
勧めていると感じれば、たとえ説明の内容が十分に理解できなかったと
しても、患者さんは同意する。
逆に、医師がコンピュータの操作をしながら説明したりすれば「態度がなって
いない」ということになる。電子カルテがどうも不評なのはここいらあたりに
原因がありそうだ。
インターネットが普及しても、Eメールでたいていのことは連絡できるように
なっても、電子カルテが使われるようになっても、人間のほうはそんなに
簡単に変われない。きちんと向かい合って話をすること、これが現在でも
医療の現場で一番大事なことなのだ。開業医を10年やってきて、
つくづくそう感じる。