川本眼科

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院長のつぶやき

院長のつぶやき広告ブロック

インターネットを使うときに広告が目障りだった。
そこで最近、Adblock Plus というアドオンソフトを使い始めた。
ブラウザー上で作動し、広告を自動的に表示されないようにする。

なかなか快適で、広告を呼び出す無駄な動作がなくなって速い。
メリットばかりで、デメリットは全く感じない。

いや待てよ。
スマホandroidにも載せたのだが、電池の消耗が激しい気がする。
パソコンなら、問題なくお勧め。

ほかにも同じようなソフトが複数ある模様。
どれが良いのかは知らない。他は試していない。
ただ、使用者が最も多いのは Adblock Plus だった。

(2017.12.17)

院長のつぶやき医療通訳

今日は久しぶりの書き込み。
しばらく更新を怠っていた。
筆無精で申し訳ない。

今日は医療通訳のシンポジウムを聴きに行ってきた。

川本眼科にも、たまに外国人の方がみえる。
英語も得意ではないので、片言でのやり取り。
医療関係の専門用語なら、一応、英語で知っている。
診断名とかは書いてみせる。発音には自信がないからね。
説明も図示が中心。単語を並べてすます。

病名とか、薬の使い方とか、最低限のことは伝えられる。
これでなんとかやってきた。

中国人やブラジル人になると、片言も無理。
たいていは、日本語が話せる知人が付き添ってくる。
付き添いの人に説明をして済ます。

しかし、これではコミュニケーションは不十分だ。
患者さんの不安な気持ちに応えることもできていない。
もし日本人だったら、もっと詳細に説明をする。
当然、疑問や質問にも答える。
外国人は十分な説明を受けることすらままならない。

医療通訳は、この言葉の壁を取り除く。
愛知県では2011年から半官半民で事業が始まった。
なるほど、外国人患者の立場に立てば、通訳は必要だ。
日本語のできる知人ではなく、専門の医療通訳が。

医療通訳が必要という主張はうなづける。
ただ、問題も多い。

医療通訳の派遣には事前の依頼が必要だ。
つまり初診時には頼めない。
再診の予約をして、それに合わせて通訳を派遣してもらう。
眼科の病気だと、頻繁に受診することは少ない。
初診だけで終わってしまうことも多い。
かといって、説明のためだけに再受診させるのも難しい。

費用の問題もある。
1回に数千円の費用。
愛知県では患者と医師が半々で負担するきまり。
患者さんのほうがその負担を承諾してくれるか?
かなり経済状況が厳しい人もいる。
公費で援助してもらえると助かるのだが。

医療通訳を頼んだのに患者が来ないこともありうる。
外国人だとその可能性はかなり高い。
その場合の費用負担はさらに悩ましい。

やはり、医療通訳を依頼するのは限られる。
本人が費用負担を承諾すること。
ある程度重い疾患で、詳しい説明を要すること。
継続して通院が必要なこと。

それでも、今までよりは積極的に依頼しようと思う。

(2017.12.17)

院長のつぶやき網膜色素変性症と難病医療費助成

難病医療費助成制度は、難病を患う人の医療費負担を軽減する制度だ。
治癒する見込みのない難病では、医療費負担が重い。
何年も、何十年も、病医院通いが続き、終わりがない。

この制度では、医療費負担が3割から2割に引き下げられる。
また、所得に応じて、自己負担上限額が設定される。
要するに、医療費を少し安くしますよ、という制度で、無料にはならない。
無料でなくても、安くなるのは、ありがたい。

眼科でこの制度の対象になるのは「網膜色素変性症」が圧倒的に多い。
緑内障、糖尿病網膜症と並び、日本人の3大失明原因の1つになっている。
昔から指定難病として取り扱われてきた。

—-

難病医療費助成制度は対象となる疾患を増やしてきた。
2015年には110疾患から306疾患まで拡大した。
福祉が充実するのは良いことだ。

だが、対象疾患を増やすのと引き替えに「重症度分類」が導入されていた。
このことはつい最近知った。
今までは、診断が確定すれば助成が受けられた。
これからは、病状が一定以上重症でなければ助成されない。

良いほうの眼で判断することになっているので、
片目が失明寸前で、もう一方の眼にも発症しているような場合でも、
対象外にされてしまうことがある。

最近、当然該当するだろうと思っていた患者さんが、対象外になってしまった。

困ったことに、今まで助成を受けていたのに、
基準の変更が原因で助成が受けられなくなる人もいる。

—-

人口の高齢化に伴って医療費が膨張していることは知っている。
医療費抑制が必要なことも理解している。
(だからといって厚労省のやり方に全面的に賛成はできないが)

しかし、網膜色素変性症は進行性の病気でだんだん悪化していく。
軽症でも、定期的な通院は必要だし、検査もしなければならない。
重症度分類で助成対象に該当する場合、しない場合を比較しても、
通院回数も、診療に必要な医療費の額にも、大して違いはない。
助成するかしないか差をつける合理的理由は見当たらない。

一生病気と闘わなければならない人が、
指定難病の対象疾患と診断されながら、
一定以上の重症度に達するまで助成を受けられないのは、
かなり過酷な制度設計だと思う。

(2017. 11.12)

院長のつぶやき「異常」「障害」を「多様性」に置き換える弊害

「色覚異常」から「色覚多様性」に用語変更する問題の続き。

「多様性」という言葉は「生物多様性」「人種的多様性」のように使われる。
いろいろな種類があるよ、いろいろなグループがあるよ、という意味だ。
そして、そこにはそれぞれのグループを比較して優劣をつけるという意識はない。

それに対し、「異常」「障害」は「正常」の存在が前提になっている。
そして、「正常」に比べ、困った状態、不自由な状態と扱われている。
言葉自体に優劣の意識が入り込み、差別につながりやすい。

それゆえ言葉を言い換えよう、というわけだ。

しかし、そういう考え方なら、色覚に限らずあらゆる場面で
「異常」「障害」という用語は排除されるべきだということになる。
身体障害は身体多様性に、視覚障害は視覚多様性に、聴覚障害は聴覚多様性に、
それぞれ言い換えるべきだということになる。
実際に、似たような言い換えは歴史をひもとけばいくらでもあった。

もし、それが実現したら何が起こるか。
あら不思議、今までニュートラルな意味合いだった「多様性」という用語に
優劣の意識、不自由な状態という意識が既に芽生えてしまう。

「便所」を「化粧室」と言い換えても、内実が変わらなければ、
「化粧室」にも「臭い」「汚い」というマイナスイメージが付与されるだけだ。
「雪隠」「ご不浄」「お手洗い」など、いくら言い換えても同じである。
今、「トイレ」に悪いイメージが少ないのは言い換えが成功したからではない。
トイレ自体が昔に比べて格段に清潔で快適になったからだ。

色覚の場合はどうか。
人間にはふつう色覚センサーが3種類ある。
3種類とも十分機能している場合が正常3色覚だ。
1種類しか機能していなければ1色覚、
2種類しか機能していなければ2色覚、
3種類のうち働きが悪いセンサーがあれば異常3色覚。
95%の人にはあるセンサーが働いていないわけだ。

当然、色覚を識別する能力は悪い。当然だ。
それを「異常」「障害」と呼ぶのは自然だと思う。
「多様性」と呼ぶのは無理がある。

異常や障害があっても、社会が受け入れる。
障害を気にしなくてよいバリアフリーの社会を目指す。
異常や障害の有無で人間の優劣を判断しない。
そのことで差別しない。
それは当たり前のことだ。

それは、言葉を隠すことでは解決しない。
黒人差別をなくすのは、肌を白く見せることではないはずだ。
かつて米国ではBlackをColoredと言い換えた。
でも、そういうことでは差別は解消しなかった。
むしろ、今黒人はColoredなる用語は拒否していると聞く。

色覚異常への差別や偏見をなくすのは地道な意識改革しかない。
用語の変更は問題を隠そうとする姑息な手段だと私は思う。

追記:「障害」→「障碍」に戻そうとする動きは知っている。
   碍の字が当用漢字になれば私もそうする。
   ただ、この言葉が差別的というのは言いがかりだと思う。

(2017.10.29)

院長のつぶやき色覚多様性?

本日の日本経済新聞によると、日本遺伝学会は
「色覚異常」を「色覚多様性」と言い換えることを決めたそうだ。

新聞記事を読むまで、そんなことは知らなかった。
そして、記事では「色覚異常」は過去の名称だと断定している。

これは、事実に反する。
私の知る限り、日本眼科学会、日本小児眼科学会などはそういう決定をしていない。
今でも「色覚異常」が眼科用語集に載っている公式用語である。

しばらく前に、用語の改訂が行われた。
「第1色盲」→「1型2色覚」
「第2色弱」→「2型異常3色覚」
など、「色盲」や「色弱」という用語は撤廃された。

しかし、「色覚異常」という総称自体は、既に広く普及しており、
この名称を変更することは混乱を招くとして、変更が見送られた経緯がある。

同じ疾患について別名が増えるのは、望ましいことではない。
学会ごとに違う名称というのも困る。
歴史的経緯で1つの疾患に複数の名称がつくことはありうる。
それを統一しようとすると大変な労力が要る。
せっかく統一しているのに、逆行させるのはいかがなものか。

名称を変更するなら、学会同士で意思疎通を図って、統一して変更すべきだ。
日本医師会が音頭を取って「痴呆症」→「認知症」と変更した成功例もある。
私は多数派が「色覚多様性」を推すなら反対はしない。変更に従う。
でも、まだそういう意見集約自体がなされていないではないか。

恐らく、人権擁護派を気取った人たちのフライングなのだろう。
最も影響を受ける眼科医の意向を無視した用語変更などありえない。
自分たちだけよかれと思ってもダメ。他人の意見もよく聞かないと。、

主張には理解できる点もあるが、マイナス面を軽視しすぎている。
単純に、過去の論文を調べることだけ考えても、用語は同じ方が良い。

私自身は「色覚異常」という用語にさほど差別的な意味合いはないと思う。
「異常」という言葉への過剰反応ではないか。
言葉狩りはあまり生産的だとは思えない。
用語だけ変更しても、そこにまた色が付くこともよく経験する。
「メタボ」が「デブ」の代名詞となってしまったように。

私は今のまま、用語を変更する必要はないと思う。

(2017.10.26)

院長のつぶやき